【Traviata:Vol.5】称号な貴族のみなさん

貴族の館の写真。パーティなどはこのような広間で食事が提供されていたようです。

オペラの中には、よく色々な貴族の称号や、身分を明確にしているものがあります。例えば、『椿姫(La Traviata)』では、少なくとも、侯爵(ドビニー)、男爵(ドフォール)、子爵(ガストン)の3人の貴族が登場しています。
原作とは違うところがあり、そして、それぞれの称号が、とてつもなく趣深いものだなあ、と感じることがありましたので、それも合わせて貴族というものをちょっとまとめて見ましょうか。

貴族制度といっても一概には言えないものがあります。古くは、ローマ帝国の元老院議員達、彼らも貴族でした。ただ、中世以降の貴族とはちょっと様子が違うのでこちらは今回は省いておきます。

まずは、貴族の成り立ちから。 

それはそもそも、中世の騎士達による飽く事なき戦いの時代から始まります。 時代でいうと、カロリング朝フランク帝国のシャルルマーニュ大帝(742年- 814年)の頃です。
まだその頃は国としてのまとまりは薄く、それぞれの族長のような騎士達の中で最も人望が厚い人間が王となります。勿論、王そのものの力はまだまだ弱かったのです。

それが少しずつ,王を中心とした強い集団となって行くにしたがい、国力も上がり、中央集権もなされてきます。そういった中で、王に忠誠を誓った騎士が、その忠誠の見返りに『領地』を与えられたことから、現代に連なる貴族が始まります。

つまり、貴族って『領地』が基準となっているのです。ここ大切。

土地を治める貴族の事を『伯 “Graf(グラーフ)”、“またはCont(コント—お笑いのことじゃないですよ)”』と呼びます。つまり「貴族」と呼ばれる家系は伯爵がスタートラインになっているようです。

更に、辺境地域、つまり国境地域を治める「伯」は、もう一つ上の格として『辺境伯 “Markgraf(マルクグラーフ、またはマルキ)”』と呼びます。
何故って?辺境地域は、中央部より大変なんですよ。

なにせ、国々の国境はまだ完璧に出来上がっていない上に、すぐ隣には他国があります。だいたい昔から、隣りの国とは仲が悪いと相場が決まっています。領土の取り合いやらなにやらでしょっちゅういざこざを起こす訳ですから、信頼が置ける人をそこへ配し、苦労の代わりに高い地位を与えた訳です。

一方、ものすごく面倒なことに、中世ごろの忠誠や命令系統のあり方というのもまたややこしい。一人の騎士が複数のお館様に士官する、姻戚関係があるということも多く、自分の部下の率いる部隊の騎士誰もが王に直接忠誠を誓っているわけではない(領土くれたり年金くれるわけじゃないですからね)ため、王はそれらの騎士達への直接命令権は持っていません。
‥というのを、本当は押さえておきたいところですが、話がまとまらなくなっちゃうので、今回は華麗にスルーいたしましょう。

この辺境伯が、時代が下るにつれて『侯爵 “Margrave(マールグラーフ)”』とになります。ま、そこら辺はざっくりすぎて申し訳ありません。国ごとに状況は違い、ドイツ(神聖ローマ帝国)あたりではまた違った動きがあります。

貴族というと、豪華なレース飾りに、馬車に舞踏会に……とついつい考えてしまいますが、本来は、国と王を守るための軍人であることが第一義です。

華やかな王侯貴族の誕生

更に時代が下がってくると、貴族も色々と拡大します。そして、騎士(武人)であり、王も部族を守るという立ち位置より、民を治め国を発展させるリーダーとしての役割へと変化していきます。この辺りから、貴族も武人より宮廷人としての意味合いが強くなってきます。

まず、王族の庶子達には、侯爵よりも上の位が必要となります。やはり身内は大切にしたいものです。
ローマ帝国最高司令官の官職の流れを汲んで、彼らに与えられた称号が『公爵 “Herzog(ヘルツォーク)”、または“Duc(デュク)”』です。

上から、王家の下に、公爵、侯爵、伯爵が揃いました。

そして、伯爵家の「副官」の地位にあると言う意味から『副伯』つまり 『子爵 “VisCount”』が派生します。勿論、国ごとに多少の違いはあります。
例えば、オーストリー帝国では「副伯」の地位はなく、「城伯」となります。

この子爵という称号には、基本的には領土が付随しません。
大体が、伯爵家の跡継ぎ(嫡男)による、『家督を継ぐまでの見習い期間の称号』という位置付けだったようです。つまり、子爵というのは、大人になったのだけれど、いつまでたっても(父親が現役のため)爵位を持てない青年貴族たちに、将来があることを保証しているようなものでしたが、その称号のままで相続による領土を持ったり一族をなすことも出てきました。

ということで、椿姫におけるガストン君は、将来的には伯爵になるご予定の嫡男ということか、または、あの呑気さを考えると、後を継げなかった嫡男の家の息子あたりかもしれないですね。資産を産む領土がないので、本来は収入はありませんが、バックに領土を持つ伯爵が控えている、または、なにかしらの収入手段を自分で持っているということが考えられます。

立ち位置の難しい男爵さま

最後は『男爵 “Baron(バロン)”または、“Freiherr(フライヘル)”』です。

これがまた面倒。子爵と違い、フランスでもドイツでもイギリスでも存在する爵位ですが、国ごとに成り立ちは微妙に違いますが、ざっくりとまとめると以下のようになります。

中世において、他の領主達とは違い、国王の直属の臣下として、自分で土地を有していたり、自由民の中で資産を形成した人たちの中から役職を持つような人たちを指す階級となりました。その後の中央集権が進む中で、いつの間にか同様に職や力を持った人たちとひっくるめて『バロン』と呼ぶようになったようです。
バロンは日本語においては『男爵』と訳されていますが、実際は日本の男爵とは大分様相が違うようです。

また、ドイツのFreiherrあたりは、少領主という扱いになっていて、他国のバロン達と比べると、更にもうひと段階下のクラスになります。

フランス革命なんかよりはるか昔から、男爵家といえば、お金がない。それはこの、領土を爵位に合わせて受領するのではなく、自分で稼ぐ、または自分で持った領土とは別に士官する必要があることが関係していると思われます。

ロッシーニの『チェネレントラ(シンデレラ)』の家も男爵家でしたね。もう、チェネレントラ(灰被り姫)ことアンジェリーナの持参金も使い込んでしまった貧乏男爵です。ここでよくあるのが、フランス革命前後に勃興したブルジョワジーたちが、婚姻や他の手段をもって身分を手に入れる、そうです、お金が入ったら次は身分ということで貴族の称号を手にしたくなった人たちによって血統の入れ替わりなどが起きています。

椿姫で登場する男爵は、そうです、ヴィオレッタのパトロン、ドゥフォール男爵です(バローネとしか呼ばれませんが)。そして、原作のデュマ・フィスの小説『椿をもった女性』ではそのお役目は公爵様でした。たしか、実在されたマリーさんのパトロンは伯爵でしたっけ?

このバロン、お話を通して見てみると、なんだかけっこういい人ですよね。駆け落ちされた挙句に、戻ってきたいという願いを受けてヴィオレッタをもう一度支援する。その上にヴィオレッタを侮辱したとして決闘をして怪我までしている‥。椿姫と決闘ということについては、ちょっと置いておきますが、どうもこの人のこと、嫌いになれないです。なんとなく、お金をたくさん手にして、男爵という身分も手に入れた、つまり、このドゥミ・モンドの世界からしてみれば、ちょっとこなれていないようなところも見受けられます。

称号貴族なあやしい人

その反対側にいるなぁと思うのがドビニー侯爵です。
こちらも舞台では「マルケーゼ」としか呼ばれませんが。椿姫の登場人物で一番高い身分を持った貴族です。
勿論、フランス革命を経たフランスの貴族ですから、どの程度の資産を持っていたかはわかりませんが、革命後のドサクサをうまく立ち回っていた場合は、先祖から譲り受けた資産を持っていた可能性もありますし、王政復古の折に元々持っていた領地を取り戻した可能性もあります。リブレットの端端に見られる言葉から、かなりの資産を持っていることは感じられます。

その上、この方、お家柄がいいだけのお坊ちゃんとは違い、ちょっとばかり胡散臭さも感じられて、とても楽しいです。どう見てもこのオペラの中で催される、ふたつの舞踏会を牛耳っているのはこのお方にしか見えないところがあるのです。今度フローラと侯爵の二人についても書いてみようかと思います。

【ちょっとびっくりな椿姫】

「椿姫」の中でも最近見た中で一番なんだかいろんな面で納得しちゃったDVDです。
好き嫌いはすごく出そうな気がしますが、とにかくすごい。アンニーナがとにかく上手い(そこ?)。というより、現代演出の嫌いな私が、これはこれで「あり」なんだと思ってしまった作品なのでここでご紹介して見ました。デセイには確かにヴィオレッタは荷が重い。でも、キャラクターの把握はとにかく深い。そして、侯爵さまの怪しさったらもう(笑;;;; いや、そこじゃない。