Liù

【Turandot:Vol3.】リュー、強い子泣かない子。

トゥーランドットで、主役のトゥーランドット姫よりも人気のあるリュー。

王子がかつて一度だけ微笑んでくれたからと言うだけで(一目惚れしたってことなんだとは思いますが)、目が見えなくなったティムールを支えて、遠くアストラハンから北京まで(どうして北京なんだかわからないけれど)逃避行を続け、王子の幸せのために老人のティムールをかばって拷問を受け、挙句に自殺して果てる。ああなんてかわいそうな、そして健気なリュー…
あ、でもちょっと待ってください。リューは、前回もお話ししましたが、あんな遠くから、目も見えない、また、お尋ねもの(負けた国の王なんで)の老人を連れてですよ、若い娘が護衛も連れず長い長い旅をしているのです。そんな。今と違って街や邑を離れた街道は追い剥ぎやら山賊の宝庫ですって。
戦って倒した相手も 一人や二人ではなかったでしょう。いや、そのくらいの気概がなきゃ、まず速攻に捕まって売り飛ばされていますって。

一方、どのオペラの解説を読んでも、プッチーニが特別にリューに対して思い入れを入れた結果、彼女があまりにも巨大になってしまった、ということは話されています。その結果、リューの性格がひっくり返ってしまったこともあるようです。

リューの有名なアリア、「お聞きください王子さま」
切々と美しいピアニッシモで歌われる名曲ですよね。リューの切なさ、愛らしさ、健気さを象徴するようにも思いますが、オリジナルのリブレットでは、ちょっとばっかり違います。

現在のリューのアリアにあるト書きはこうなっております。
  avvicinandosi al Principe, supplichevole, piangente
  王子に近づきつつ、哀願する様に、泣いて

その後有名な「 Signore ascolta! (王子さま!お聞きください)」と始まります。ところがリブレットでは違います。
あ、リブレットですよ。原作ではありません。原作にリューは登場しませんから。(リューの代わりに数名の女官は出てきます)

 reprimendo le lagrime, con ferma promessa
涙を抑えつつ、決然たる誓いをもって

Per quel sorriso,
si’ … per quel sorriso Liu’ non piange piu’ !…
Riprenderem lo squallido cammino domani all’alba
quando il tuo destino, Calaf, sara’ deciso.
Porterem per le strade dell’esilio,
ei l’ombra di suo figlio io l’ombra d’un sorriso.

あの微笑みの為に、
えぇ…、あの微笑みの為に、リューはもう泣きません!
明日の夜明け、カラフ、あなたの運命が決まる時に、
私達は、物悲しい(悲惨な)歩みを再び始めましょう。
亡命の道に、彼(ティムール)は息子の(悲しい)影を、私は微笑みの影を担って(背負って)。

こちらは 、William Ashbrook氏と Harold Powers氏による共著「Puccini’s Turandot: The End of the Great Tradition」の68ページに掲載されています。

えーと。この歌詞を読むと、どう読んでもカラフ(名前呼んじゃってるし)が勝とうと負けようと、どっちにせよ自分にとって残酷な結果は見ることになる前に、『あなたのあの微笑みを胸に、私たちはまた旅立ちましょう』と言っています。あ、そうなんだ。止めないんだ。。。。。

そして、そのままだったらリューのアリアのあとにある「泣くなリュー」という身勝手極まりないカラフのひとくさりなんですが、実際は、このアリアの前に出てきます。つまり、この歌は「もう泣くな」とカラフに言われたので、そのアンサーソングとしての立ち位置だったようです。「泣くな」「わかった。もう泣かない」もう泣かないリューとなっていたはずなんです。まあ、ここで、リューちゃんがティムールの手をひいてスタスタと去って行ってしまったら、その後のカラフの「泣くなリュー」から始まる合唱まで巻き込んでの感動的な一大コンチェルタートにはならなかったでしょう。

ちなみに、音楽そのものは同じです。ただ、半音上になっていたそうです。最後の音がHとなります。現在の[Ah pieta’!]の終わりのB音は、もう一箇所の[sorriso]と対になっています。
本来の音だったら、あんなにたくさんのフラット記号がなく、音取りに苦労しなくてよかったのにね…

そしてこのリブレットを「絶対に嫌!!」と言って変更させたのが、そう、プッチーニなんですよね。

プッチーニはトゥーランドットだけではなく、ボエームに対しても、トスカについても多大なリブレットへの介入をしたことでも知られています。トゥーランドットは、「つばめ」でもタッグを組んだジュゼッペ・アダーミとジョルダーノの『マダム・サン=ジェーヌ』を書いたレナート・シモーニが担当しています。イッリカやジャコーザほどの大物ではないので、遠慮なく介入しております。そのため、リューはカラフの決心を聞いて受け入れ、「それでは私、これからティムール連れて旅に出ます」の代わりに「お聴きください。王子さま。私はもう耐えられません。」と縋り付かせます。 ま、いいんですけれどね、そのおかげで素晴らしい音楽ができたのですから。

ちなみに、彼女は楽譜の上では LIUと記載されています。これって日本人にはとってもめんどくさくて嫌な話ですし、人によって リューだったり、リゥだったりしているなあ〜と個人的には気になってたまらなかったのです。こちらは簡単。プッチーニが回答を手紙に書いています。

「リューは2音節にはしない。1音でリューと発音」だそうです。

Turandotの解説書

【英語ですがよろしければ】

Puccini’s Turandot (Princeton Studies in Opera)
William Ashbrook (著), Harold Powers (寄稿)
二人の音楽家による プッチーニ作曲トゥーランドットについての解説書です。この文のネタを頂戴しております。ありがとうございます。