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【Turandot:Vol.6】なんで東へ逃げたかな?

【TURANDOT:VOL.2】そもそもティムール達って、一体どこからきたの?で、ティムールとリューの二人はアストラハン(Astracan)という、カザフスタンの西、カスピ海にほど近い地域より現在の列車で7日以上(まあ、列車の運行状況にもよりますよね)かかる距離を、延々と「歩いて」やってきたというお話をいたしました。

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ってか、なんで東に逃げたんかな?

西に向かって逃げていけばもっともっと便利がよくね? ちょっと南へ逃れれば現在のジョージア、西へ逃れれば、今こそは大変なことになってはいますが、その当時はロシアもまだまとまってはいない時代です。ぜんっぜん問題なく逃れられたんではないでしょうか?

Photo by Anthony Beck

楽譜を読んでも分かりませんが、原作のゴッツィの『トゥーランドット』にヒントがありました。
登場人物の欄には、

CALAF, principe dei tartari Nogaesi, figlio di TIMUR, re d’Astracan
カラフ:ノガイの民、韃靼人(タタール人)の王子、ティムール(アストラハンの王)の息子
とあります。

一般的に、カラフのことは、タタール人の王子といわれてはいます。 これはオペラの解説書でもよく書かれています。でも、ノガイの民ってなに?? ノガイ(Nogai/Nogaesi)だなんて言われても、ピンと来ませんよね。

ノガイ人:トルコ語(チュルク語)を話し、もともとの人種はモンゴル系遊牧民であったが、のちにチュルク語を話すトルコ系ポロベツ族と混血し、言語もそちらを取り入れた。ドン川とカスピ海周辺の平原の間に居住していた民族のこと
 ‥‥だそうです。 おやまあ。

ところで、ドン川とは、アゾフ海(黒海の北に接している海)に注ぐロシアの川です。下流域は落差が小さく、ゆったり流れるので「静かなるドン」と呼ばれています。
一方、アゾフ海(黒海)の東に位置するのがカスピ海で、ティムールが支配していた(ってことになっている)アストラハンはヴォルガ川がカスピ海に注ぐデルタ地帯の街です。ヴォルガ川は、”母なるロシアの川”であり、ロシア民謡『ヴォルガの舟唄』でも有名ですね。

おお、ここですここです。ノガイの民の居住地とも重なっていますね

しかし彼らは、トルコ語を話しながら、トルコに組み込まれていません。ノガイの民として、アイデンティティーを持ち続けていたのです。それは…

トルコ(チュルク)の民でもなく、モンゴルの民でもない。どちらでもあって、どちらでもない。まあ、ある意味さっさと切り捨てられるような民族といえます。

ノガイの民…とは、【ヒンドゥー教徒】を意味するから!?

いやいやいや、ノガイ人って、実際、イスラム教徒ですよね。ティムール朝って、そもそもイスラム王朝ですよね。
はい、さいでございます。
ただ、面白いことに、このノガイの民を「ヒンドゥー教徒」という説も海外にはあるようです。本当かなあ。(胡散臭いって思っちゃうのは、原典がどうやっても私が見つけられなかったからなんです。)なんか、大元になった民話がインドのものもあったので、ヒンドゥー教とかイスラム教をごったにしちゃったようにも思います。

トゥーランドットの物語はあくまでカルロ・ゴッツィ氏による「お伽噺をもとにした寓話劇」です。
残念ながらきっちりとした歴史検証はなされていませんが、この場合「当時の人が思っていたイメージとしてのXXX」ということが前提になっちゃっていて(ほんっと申し訳ないんですが)、カラフたちって、もしかしたらヒンドゥー教徒じゃない?ということを前提としてお話をして参ります。

ということで、「カラフ=ヒンドゥー教徒説は」どちらかというと「諸説あります」の小さなパーツ程度の話、下手すれば与太話程度としてお読みください。

さて、そうなると逃げる先ですが……

一番近い西には ヨーロッパ諸国、言わずもがなのキリスト教徒。これは宗教的にもちょいと面倒。
北にある大陸は、ロシア。これは後述の理由であり得ません。
南にいけば、トルコ、イスラム教徒です。とはいえ、トルコという国だって1923年に建国された新しい国家でこの当時はまだありません。プッチー二の時代ですら、まだ建国されていません。ただ、歴史は古く「突厥」と言えば、昔習った歴史の授業を思い出していただけますか?もっと前から中国の歴史書に、チュルク(Türük)という「民族の名前」にあたる記述はありますが、国家として認識されたものとしては、突厥あたりからいえば良いかと思います。モンゴル高原から 中央アジア一帯を治めていた、どでかい帝国です。アストラハンの南側にあった国は、チュルクが東西に分かれ、さらに南下した一族の国家ではないかと思います。

ってことは、そちらに助けを求めに行ったとして、どうでしょう? 助けてくれるでしょうか? う〜〜〜む。。。

ということで、まあ、どちらさんの国に滅ぼされたかはわかりませんが、アストラハン・ハン国は、歴史上ではロシアのイワン雷帝に滅ぼされたことになっています。(ただし、王はティムールじゃないけど)

ここら辺を鑑みると、国を追われた王子や国王たちが逃れられる先というものは、どんどん狭まってくるように思われます。

北もダメ、西もダメ、南もダメ‥‥それなら、東があるじゃないか!

東側にある草原の民も、多神教のヒンドゥーの民も、ほかの地域とくらべたらとっても「紛れ込みやすい」
さらに、ヒンドゥー教徒であるという視点から見ると、リューの愛が悲しい結末を迎えるのも、理解できます。なにせヒンドゥー教にはカースト制があります。奴隷という階級にいる者が、王子と結ばれると言うのは、そもそもがあり得ません。カラフがリューを救おうとしてなのか、自らを守ろうとしてなのか、

CALAF : Tu non sai nulla, schiava!
    お前は何にも知らない、奴隷め!

[Opera Turandot Libretto Act III]

なんてことをおっしゃいます。
ワタクシあたりから見ると、「テメェが父親も国もほったらかしている間、盲目の老人の面倒を見てきたのは誰だと思っているんだ!?」と怒鳴りたくなる訳なんです。でも、カースト制があるから(ヨーロッパだって階級社会ですけど)、カラフの言い分もそうなれば不自然でもないか…とも思う次第です。

イスラムの世界にも、もちろん奴隷制度はありますが、ある意味、他のあらゆる世界の中でも、奴隷の人権がまだあった世界と言われています。奴隷であっても自由の民となり、大臣になった者、王の妃となり、次代の王の母后となり最高権力を握る例もあった世界です。ことさら男性が高貴な身分であれば、女性が異教徒であっても奴隷であっても婚姻を成立させることは可能です。

ということで、わざわざ東へと延々と旅をしてしまったという理由を探す長い長い旅になってしまいました、とさ。

ここら辺は、けっこう難しいところです。実際、カラフの第一目標は「国を再興する事(父母を助ける事)」でした。その為には「命を懸け!」るはずが、「一目惚れしちゃった姫君と結婚すること」が第一目標になっちゃったわけです。前提として、とんでもない男です。

ただ、お伽噺として考えるとどうでしょう?
誰もが一目で恋に落ちてしまう美しい姫君。その姫君を射止めるお方は、やはりそんじょそこらの王子や貴族であっては面白くない。やはり亡国の流浪する貴種、できれば王子がいいなあ。それも、歴史もなにもよく知っているリアルな場所ではなく、なんとなくイメージはできるけれど、よくわからない異国情緒あふれた国というものが選ばれたということでしょうか。

中央アジアにご興味持たれたのでしたら!!

ノガイ族はじめ、中央アジアについて、あまり身近に感じられるものは見つからないようです。19世紀後半の中央アジア・カスピ海周辺という題材で話題になったコミックスですが、ちょうどプッチーニたちが異国情緒と感じつつ、御伽噺の国として見ていたそのままに、イギリス人スミスの視点から見た、中央アジアの美しく若い娘(および妻)たちの物語です。

乙嫁語り 1-12巻