Money! Money! Money! って聞いて「ABBA」と思うあなたは昭和世代でしょうか‥ SexyZoneのMoney Moneyもありますが、やっぱりリアルな内容ではABBAに軍配が上がりますか‥
「請求書のために、朝から晩までずっと働き通し!」
はい、そうです。現代においても庶民とはそんなもんでしょう。いえ、人間ってそんなものかもしれません。
オペラの中でも神話の時代をテーマとしたオペラや英雄譚以外、特に近代以降のお話を扱っているイタリアのオペラには、案外とお金の話が出てきます。椿姫でも、ボエームでも登場人物達がお金について悩んだり話したりしています。もちろん、『愛の妙薬』の世界の皆さんも、案外お金の話ばかりしているように思えます。そして、そこに出てくるお金が結構ややこしいこと!
ドゥルカマーラの薬の値段
まずはちょっとドゥルカマーラの口上の歌詞をご覧いただきましょうか。(第1幕、ドゥルカマーラのカヴァティーナ、練習番号70番より)
“L’elisir d’amore” LibrettoDulcamara:
Cento scudi?… trenta?… venti?No… nessuno si sgomenti.
Per provarvi il mio contento
di sì amico accoglimento,
io vi voglio, o buona gente,
uno scudo regalar.
ドゥルカマーラ:
100スクーディ?… 30?… 20 ?
ダメかね… 誰も驚かんように。
皆さんに、私がこのような(皆さんの)友情に満ちた歓待に
いかに満足しているかを証明致すべく、
私は、おぉ心優しい方々よ、
1スクードでお譲りしたいと思う
Coro:
Uno scudo!? veramente?
Più brav’uom non si può dar.
合唱:
1スクード!? 本当か?
あり得ん、こんな素晴らしい男がいたとは!
Dulcamara:
Ecco qua: così stupendo,
sì balsamico elisire
tutta Europa sa ch’io vendo
niente men di nove lire:
ma siccome è pur palese
ch’io son nato nel paese,
per tre lire a voi lo cedo,
sol tre lire a voi richiedo;
ドゥルカマーラ:
さぁ、こちらだ!このように素晴らしく、
このようにかぐわしき妙薬を
私が9リラ以下で売ったことがないと
ヨーロッパ中の方々が知っております。
しかしながら、私がここの土地の出身であることは
まさに明らかでありますので、
皆さんには3リラでお譲り致しましょう、
皆さんへのご請求は、たったの3リラです。
ここでは、「スクード(複数形:スクーディ)」と「リラ」という単位が出てきました。
なんで?
一種類でいいじゃない。1スクードだったら、1スクードで‥
まあ、ここら辺で、1スクード=3リラだろうという予測はたちます。とりあえず次行きましょう。
ネモリーノとドゥルカマーラの2重唱です。
“L’elisir d’amore” LibrettoNemorino:
E qual prezzo ne volete?
Dulcamara:
Poco… assai… cioè… secondo…
Nemorino:
Un zecchin… null’altro ho qua…
Dulcamara:
È la somma che ci va.
ネモリーノ:
それで(愛の妙薬は)おいくらほどになるんでしょう?
ドゥルカマーラ:
安い…非常に…要するに…したがって…
ネモリーノ:
1ゼッキーノ…しか持っていません。
ドゥルカマーラ:
代金の総計、それでOKじゃ。
ここでは「ゼッキーノ(複数形:ゼッキーニ)」という単位が出てきちゃいました。
ここで、ドゥルカマーラはものを知らないネモリーノに、勿体ぶって、「今まで売ってきた3リラよりは高く売れたらいいな」程度の考えだったのが、1ゼッキーノと言われてしまったので、ついついそれに乗っかってしまったと言うところです。
命の値段(軍隊への支度金)
2幕でベルコーレがネモリーノに軍隊への入隊を勧め、その支度金として渡すのは20スクーディです。このシーンの前では、ネモリーノがドゥルカマーラに妙薬を貰おうとするも、お金がなくて買えません。その時は金額は出ていませんが、前からの流れで1ゼッキーノだと思われます。
お金の単位は出てきませんが、1幕でアディーナがネモリーノに「叔父さんの所へ行った方が良いわ。ご病気って聞いたわ、相当良くないと。」と言いますが、この後に「もし叔父さんが死んで、遺産を他の人に譲ってしまったら……あなた、飢えて死んでしまうわよ」と言いますから、これは「お金は大切!」という話です。
2幕の結婚式の後、ベルコーレはネモリーノに対し「オレの軍隊に入れば、支度金として20スクーディを払うぞ! それも現金、即金で」と持ちかけ、ドゥルカマーラの“愛の妙薬”を買う代金が欲しかったネモリーノは入隊を決意し、20スクーディを受け取ります。
一体どのくらいの金額でしょうか? それぞれのお金の価値については、別の回に細かく書く予定ですが、リラで言ったら、60リラに当てはまります。 そして、ドゥルカマーラが最初に皆に売り捌いた万能薬が20本買える金額になります。これが高いのか、安いのか‥ はて。
ベルコーレは軍隊に入れて恋敵を自分の部下にすることに満足をします。
また、20スクーディというお金は軍隊から出ていますから、彼にとっては高くも安くもない、支度金としては順当な金額なのでしょう。当然、給料は出るはずですから、命の値段としてというより、住み慣れた土地を離れる覚悟を決めさせる金額が20スクーディなのでしょうか。
とにかくお金!お金!
更に2幕の女声合唱のシーンは、まさしく「ネモリーノの叔父さんが死んで、彼に遺産を残したの!」「ネモリーノは大金持ち!」と、ネモリーノが一躍お金持ちになったという噂話です。ここにはお金の単位も金額も当然出てきません。当たり前のことですが、他人様の家の遺産金額は何かしらのトラブルや事件にでもならない限り外には出てこないでしょうから。なので、ネモリーノのおじさんは「お金持ち」だというだけで、どの程度の資産家なのかは明確にしていません。
農村の娘達(この村の登場人物の中で、資産を持っている人はどうやら誰も出ていないようです。「文字が読めるお金持ちの」アディーナですら、雇われ管理人という程度で、土地は地主なりお館さまが持っていることになります。セリフも歌もありませんが、山うずら亭の主人が唯一、居酒屋を持っているということで資産があるとも言えます。究極のモブです)にとって、想像もできないのかもしれませんし、もしかしたら街に住んで、家を持ち(資産がある)、農地で働かないというだけでも大金持ちに見えるのかもしれません。
とはいえ、舞台がバスク地方であるということをリアルに考えてみましょうか。おそらく台本作家達はそこまで考えていたりはしないとは思いますが‥
ここ、バスクって特殊な環境なのです。スペインにあってスペインにあらず。アラゴンでもカスティリアでもなく、バスク。フェロという特殊な地方特権に守られていて、万人イダルゴ(爵位を持たない貴族)制度というとんでもなく特別な状況下、バスク人は全て国王直属の民として、その所有する土地は全て一子相伝の不分割相続ということが厳格に守られた結果、他にも色々と面白いことが発生するのですが(庶子が大量発生して、大抵の場合父親が認知するのだけれどその大半が聖職者だったとか)それはまた別のこと。
お金だけでお話を続けていくと
継承者がいないばあい、農場所 有者は親族関係にない農民と借地契約を結んで後継者一名(男女不問)の指名権を保持し、農場の管理者となることもあった(Rios, 1984: 278)。
伝統的「直系(家族)スペイン」比較家族史学会
ということで、アディーナはこの権利を利用して、その土地の正当な後継が登場するまでの一代限りの地主(土地管理者)になったとも取れます。まあ、バスクという言う地名は、当時の人たちにとっては特殊な土地というイメージで色々と使い勝手が良かったのかもしれません。
ところで、最後のシーンでドゥルカマーラは全ての手柄をちゃっかり独り占めします。
“L’elisir d’amore” Libretto
Dulcamara
Sovrumano elisir può in un momento,
Non solo rimediar al mal di amore,
Ma arricchir gli spiantati.
CORO
Oh! il gran liquore!
ドゥルカマーラ:この驚異的な妙薬は一瞬で
愛の苦しみを癒すのみならず、
文無しを富ませてくれるのです!合唱:
なんと偉大な妙薬!
ドゥルカマーラときたら、最初の登場から最後まで、とにかく「お金、お金、お金。」お金の話ばかりしています。全く現金なオペラです。
ちょっと長くなってしまったのですが、ゼッキーノ、リラ、スクードの価値についてはまた次回
歌劇『愛の妙薬』/原作歌劇『媚薬』
【ご参考までに】日本のオペラブームを牽引したオペラ博士、永竹由幸監修・翻訳の幻の名著、原作翻訳付きオペラ対訳台本シリーズ15 歌劇『愛の妙薬』/原作歌劇『媚薬』。プリントオンデマンドで当時の体裁のまま復刻出版されます。
フェリーチェ・ロマーニ /ウージェーヌ・スクリーブ (著)
永竹由幸 (監修, 翻訳)