名は体を表すとも言いますけれど、どの物語においても登場人物の名付けにはそれなりに、またはとってもとっても重要だったりします。何故か野球の世界に次男の方がいらっしゃいますが、一郎という名前を聞けば通常長男と思うはずです。光源氏の君は、光るほどに美しい高貴な身分の方だったのでしょう。
このように、作家の方たちは意識する市内に関わらず、そのように気をつけて名付けをしていることと思われます。
と言うことで、愛の妙薬の登場人物のみなさん。名前にはそれなりの理由があってやはり付けられているのです。名前を聞くだけで、登場人物がこれからやらかしてくれることを予測させてくれます。
ADINA(アディーナ)
この名前は ADA (アーダ)に “-ino”, “-ina” と言う「小さい」「かわいらしい」 の意を表す接尾語がついた形です。そして ADAには2つの可能性が あります。1つはヘブライ語由来、もう1つはゲルマン由来です。
ヘブライ語由来の視点から見て、 “chadak”(喜ぶ)に由来す ると言う意見と、“adah”(飾り、装飾 / 美しさ)から来ていると言う意見が あります。一方、ゲルマン由来だと、”adel”(ノーブル、貴族)だそうです。要するに 貴族の血をひく者、貴族出身ですね。
これが ADINA アディーナになるとヘブライ語の “adina-molle” と言う言葉 から生まれたと言う意見があります。意味は「官能的な」です。しかしもう 1つの現代的な解釈だと、語源は “eden” すなわち「楽園」ですね。 ともかく、舞台で脚光を浴び、よく成功をおさめる舞台人にピッタリの名前 に思えます。
NEMORINO(ネモリーノ)
この名前を “Ne”+”mori”+”ino” と考えて
Ne mori = 死亡
–ino = 小さい、かわいらしいの縮小を表す接尾語
「死ぬ死ぬ(詐欺の?)男の子」と解釈したイタリア人演出家がいました。 確かに、1幕で「飢えて死のうが、(アディーナへの)愛で死のうが一緒 だ」、2幕で「僕は(アディーナから)愛されてる…もう死んでも良い!」 「君(アディーナ)に愛されないなら、兵隊に行って死ぬ!」と死にたがり です。
しかし、有力な別の説を見つけました。後期ラテン語の名前 “Nemorius” で す。これは “nemus”(森)からきた名前で、意味は「森の住人」です。ネモ リーノは、インチキ薬売りみたいに心が汚れておりませんので、森の中 に住む、世間擦れしていない、素直なイメージにピッタリです。
この名前、イタリアの名前なんですけど、実はほとんど存在していません。一 応、トスカーナとエミリア・ロマーニャに見つかるらしいです(ちなみに、私はエミリ ア・ロマーニャ州で、ネモリーノと言う人に出会ったことはありませ ん。)ちなみにトスカーナとエミリア・ロマーニャの間には、アッペンニー ニ山脈があって、そこはまさしく「森の住人」が住んでいそうな処です。
Giannetta(ジャンネッタ)
ジャンネッタ。ソリストなのに、合唱ソロパートがメインで、ちょっと立ち位置がよくわからないキャラですが、逆を言えば、アディーナ以外のその村の女の子たちの典型として明確にさせているような少女です。
この名前は元々、父系から取られた名前です。要するに同じ名前の男性名 “Giovanni” ジョヴァンニから派生した名前です。これが “Giovanetta” ジョ ヴァネッタと縮小・親愛・女性形となって、更に民衆に使われているうちに “Giannetta” ジャンネッタへ変化しました。
“Giovanni” ジョヴァンニと言う名前は、オリジナルのヘブライ語では “Yehohanan” で、意味は「神は慈悲深い」です。有名どころで言えば、サロメに懸想されるヨカナーン、つまり洗礼者ヨハネのことです。ヨハネという名前はもう一人の愛の使徒として有名な使徒ヨハネの存在も相まって、それぞれの言語によって、ジョンやヨハン、ヤン、ホアンなどに変化して多く使われる、とても人気がある名前です。と言うことで、 “Giannetta” ジャンネッタはある意味、神の祝福への願望が込められていそうです。
BELCORE(ベルコーレ)
これは “Bel”+”core” で決まりです。“Bel” は “bello” の変化形で「美しい」とか、態度・知識・仕事などが「立派な」「好ましい」と言う意味で す。”core” は “cuore” の古語・詩学の言葉で「心臓」「心」「思いやり」を意味しています。と言うことで、その名もズバリ「美しい心」「立派な思いやり」。
もちろん、 このオペラでは、皮肉たっぷりの名前です。ベルコーレは(そこそこ)下心たっぷりだったり、自己愛たっぷり、可笑しいくらいなナルシストで自信家。一方、恋敵を兵隊として雇って、引き離しとマウントを取る、その両方を叶えようとしているところなど、そこそこの策士でもあります。もちろん、全てがうまくいくわけではありません。いえ、ほぼほぼ実はうまくいっていないのですが、当然それは認めません。ついにフィナーレで初めて負の感情を吐露しますが、それまではずっと全ての現象を良い方に受け取った対応をする、究極のポジティブ人間でもあります。という意味では、Belcoreなのかもしれないですね。
Dulcamara(ドゥルカマーラ)
これは実際にある植物の名前です。学名は “Solanum dulcamara” (ズルカマラ:西洋山ほろし)で、ナス 科の有毒植物です。ダルカマリンという毒が全体にあるとのことです。四川・雲南・ヒマラヤから、温帯ユーラシア・北アフリカに分布する植物で、紫の花が咲いているうちに、赤い綺麗な実がなります。
味は最初に苦く、その後、甘く感じるそのだとか。”Dolce”ドルチェ(甘い)+ “amara” アマーラ(苦い)で “Dulcamara” ドゥルカマーラとなっています。意味としては「酸いも甘いも噛み分け た」ってところでしょうか。まぁ、旅芸人…じゃなくて、巡回医師で人生経 験豊富っていう人物像ですよね。
また、ドゥルカマーラのことを物語の中にしかいない人物と思われているようですが、実際はとてもリアルな存在、ひと昔前には明確に存在した人物像。私たちの師にあたるヴェネツィアの方によると、その方が若い頃にはこういった移動販売の人間が現実に街を訪問して来ていたとのこと。確かに、日本に当てはめてみると、(惚れっぽさはありませんが)フーテンの寅さんを思い起こしませんか? おそらく、その前の世代の「ガマの油売り」そのものでしょうか。若い世代にはフーテンの寅さんもファンタジーの世界の人物かもしれませんが、本当にああいった人物は存在していたのです。現代でしたらテレビショッピングで実演販売される人に当てはまりますが、もっと自分に注目を集めるために派手な衣装、派手な馬車、大時代的な口上を述べるということをやっていたわけです。
もちろん、名前でオペラの内容が決まってしまうわけではありません。しか し、本であろうと、オペラであろうと、決まった分量、時間内で作者の言い たいこと、イメージを伝えるのに、作者たちはいろいろな手段を使っていま す。きっと名前もその1つであろうと思います。みなさんは、どうお考えに なりますか?
ドニゼッティ 愛の妙薬 オペラ対訳ライブラリー
【字幕に飽きたらなくなったら】まずは対訳ライブラリーから。台本はヴェルディの作品も多く書いている、手練のフェリーチェ・ロマーニです。
再販の難しいこういった書籍がKindleで発売されることはとてもありがたいです。対訳なのでそれぞれのシーンを少しずつ原文と訳文を掲載していますが、それ以上に用語の説明や細かい注意書きもあってこれ一冊でかなり多くの情報を得ることができます。