Commedia dell'arte - troupe Gelosi

【Turandot:Vol.7】ピン・ポン・パンは4人だった?

TURANDOTには、ピン・ポン・パンの三人の狂言回しキャラクターが登場しますね。プロローグの「もじもじする大臣たち」に、ちょっとだけ顔を出している三人です。今回は、こちらの三大臣のお話をいたしましょう。

直接の原作となるゴッツィの『トゥーランドット』では、中国人の大臣ピン・ポン・パンは登場しません。大臣達をやるのは、パンタローネ、タルターリア、ブリゲッラ、トゥルッファルディーノの4人です。この人物たちは、コンメーディア・デッラールテ(コメディア・デラルテ)と言うイタリアの仮面劇のキャラクター達なので、当然、イタリア人(の名前)となっています。特にパンタローネとブリゲッラは、コテコテのヴェネツィア語を話しますから、イタリア人ですら、何を言っているのかわからないというような状態です。

コンメーディア・デッラールテは、多くの作曲家のイマジネーションを掻き立てるもののようで、レオンカヴァッロの『パリアッチ(道化師)』、リヒャルト・ストラウスの『ナクソス島のアリアドネ』などにも出て来ますね。また、シェイクスピアやモリエールなど、作家達にも影響を与えています。

“Commedia dell’arte” Unknown , French School, Public domain, Wikimedia Commons

コンメーディア・デッラールテでは、「この名前の人は、こんな性格・衣装・仮面・年齢・職業…」などなどが決まっていて、役者達は、それに合わせて即興で演技を組み立てて行きます。
これらの登場人物は、仮面を付けているのでマスケレ(マスケラ…の複数形)と呼ばれます。
有名なところだと、オペラ『パリアッチ(道化師)』には、アルレッキーノやコロンビーナが出て来ます。他にもプルチネッラやジャンドゥーヤ、ザンニ、そしてペドロリーノは現在ピエロとして有名です。話はずれますが、アルレッキーノ(アルレッキン)は、フランスではアルルカン、イギリスではハーレークインとなり、アメリカではアニメ『バットマン』でジョーカーの相方ハーレイ・クインとして映画にもちゃっかり出演しています。
また、関係あるのかどうかはわかりませんが、カナダへ行くと女性向け恋愛小説の会社になります(笑)。

アルレッキーノ
パンタローネ
タルターリア
ブリゲッラ
コロンビーナ

※ Wikipedia:コンメディア・デッラールテより

それぞれの性格は、上記リンクのWikipediaに詳しく掲載されていますので、そちらをご参考になさってください。
上記の画像は典型的な衣装をつけています。観客は、登場人物の衣装を見て「あ、これは誰々だ!」と分かる様になっています。

ちなみに、ゴッツィの「トゥーランドット」では、4人のマスケレに当たる人物が登場します。

  1. 皇帝秘書官(国務長官):パンタローネ
  2. 首相:タルターリア
  3. 小姓管理官:ブリゲッラ
  4. 後宮の:トゥルッファルディーノ(アルレッキーノと類似しており、入れ替わることがあります)

実際、プッチーニはゴッツィの創作したマスケレに頭を悩ましています。台本作家達に「(マスケレは)お馬鹿ちゃんであり、哲学者でなくてはならない」としつつ、「場違いであったり、横柄であってはならない」と書き送っています。それに対し、台本作家達から「最初から(マスケレを)全部カットした方がよかったのでは」と言われると、プッチーニは不安を吐露します。なにせマスケレはイタリア独自のものですし、所作は独特です。ちょっと想像してみてください。ドラマチックなミュージカルを上演中に、突然狂言師が出てきて普通に絡んできたら興味が削がれたりしないですか?

「最終的に、パンタローネと仲間達は、我々の人生の現実を写さないと(言及しないと)いけない。要するに、シェイクスピアにおける『テンペスト』の様にやってくれ…」

と言いつつ「もし中国のエレメントを使って、豊かに、伸び伸びやれるのなら、マスケレは台無しにしても(カットしても)良い」と書いています。

(4)の「後宮の宦官長」って、イタリア人には理解し難い存在なので、台本から消えたのかもしれません。結果、コンメーディア ・デッラールテの4人は、ピン(平:宰相)・ポン(彭:内務-総務-大臣?)・パン(龐:大膳大臣)の3人に生まれ変わり、プッチーニがノリノリで作曲!?してくれたお陰で、こんな素晴らしいオペラとなりました。(いや、完成できなかったけれど)

さて、最後にオーケストラ部分の事もちょこっとだけ書いておきましょう。

プッチーニはシェーンベルグがお気に入りだった様で、かなり勉強したそうです。
フランスのモーリス・ラヴェルは、プッチーニがシェーンベルグを研究している事を、評価しています。シェーンベルグは調性音楽から抜け出し、無調音楽、そして12音技法を作り出した指揮者にして作曲家です。この人が『月に憑かれたピエロ』と言う作品を書いています。聴いた事はありますか?

そう言えば、『トゥーランドット』にも「月」が出てくるシーンがありますね。このシーンについて、アンチ・プッチーニ派の方々は、「自分の(トゥーランドットの)月のシーンに、シェーンベルグの月(月に憑かれたピエロ)をパクってんじゃねーよ!」と言う人も居るとか、居ないとか(苦笑)。それは兎も角、プッチーニの作品は、イタリアのみならず、外国の作曲家を研究しているフシが見られます。
以前、「茉莉花歌う少年」の回で、「Là sui monti dell’Est」で、中国の江蘇省の民謡「茉莉花」をモチーフにしていることを書いておりますが、その他にも、ドビュッシーの影響が見られたり、オペレッタの形式で書いたりと、本当に色々と研究しまくっているんだなあと思います。

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才能だけじゃあないんだよ、と、なんか、ジュブナイル小説に出てくる先生のように、にんまりと笑うプッチーニの姿が想像されます。

こんな可愛いイラストオペラブック見つけました

たくさん、あらすじや解説本は出ていますが、オペラを初めてご覧になる方(いや、流石にここのページ辿り着いた人にはいないか‥)には、こんなわかりやすい本がおすすめかもしれません。
「イラストオペラブック(1)トゥーランドット (イラストオペラブック 1)」
60分にまとめられたハイライト版のCDや、イラストで補うあらすじや、解説、対訳がついているというので、お得感満載ですね。

オペラ演技者の視点からのコンメディア・デッラルテ

【ご参考までに】コンメディア・デッラルテについて畠山茂氏が東京藝術大学大学院、音楽学修士論文を書籍化したもので、日本語で出版されている数少ない研究所です。コンメディア・デッラルテのオペラへの採り入れられ方を併せて研究した学術論文で、譜例などは掲載されていないそうですが、オペラブッファにおけるヨーロッパの古典的コメディの源流などに興味をお持ちの方はいかがでしょうか?