【Traviata:Vol.3】ルイルイ♪は「太陽の金貨」

鹿島茂さんという方の「馬車が買いたい! (白水社 ) 」と言う本があります。

当時の生活ぶりを、「ゴリオ爺さん」や「レ・ミゼラブル」等の登場人物を通して解き明かしていてとても面白いです。

フランスではどの時代でも生活水準の目安となるものがパンの価格だそうです(へーーー)物価指針と言う奴ですね。日本の米価になるのでしょうか?

ちなみに、1キロのパンが8スー(4/10フラン)だったそうです。1キロのパン=バケット4本分にあたるそうです。

Fresh sourdough bread on farmers market

ざっくり省略しますが、それを試算すると、当時の貨幣価値がだいたい、1フラン1000円程度(著作が1990年で、重版が2009年、さてどちらのレートかしら?)になるそうです。

現在から見ると物価は多少上昇しているのですが(日本の統計局の物価指針を見ると、まあ、ものによってなんですが、ほんのちょっと高いです。あ、パンはやたら上がっていますが、フランスはそれほどでもないようです。)、判りやすいので、採用いたしましょう。

補助通貨はユーロになるまでつかわれていたものと同じ、サンチームです。(1/100フラン)

ただ、この頃は色々な時代のお金が平気で乱立していました。

たとえば、リーブル。(ベルサイユの薔薇ファンの方ならおなじみですよね)これは当時まだ現役です。

金貨の重さで言えば、本来は1フラン=1.0125リーブルにあたるのですが、フランの金の含有量が下がったため、1フラン=1リーブルとなってしまいました。

その、リーブルの補助通貨としてのスー(1/20リーブル)は、ボエームの舞台、カルチェラタンでは大手を振っていました。

そのほか、エキュ(1エキュ=3フラン)、ルイ(20フラン相当の金貨、当時はナポレオン金貨を指していたようですが、本来はアンシャン・レジームのルイ金貨を指します。)などが混在しています。

特に、ルイやエキュは単純に金貨・銀貨を指し、財産を意味したようです。

Photo by Public Domain Pictures

ということで……

さて、ここで気になるのが、アルフレードが賭けに使ったお金です。演出では よく懐から札束を出しているようなんですが……

100ルイを右へ、とか、左へ……というときの「ルイ」は金貨となるはずなんです。でも、金貨の袋持ってきていたんでしょうか?

実は、当時の賭博場では掛け札の代わりをルイ金貨がしていたから。つまり、現在でもカジノで使われるチップ、あのような感覚のようです。

つまり、100ルイを、という時は2000フラン(200万円)を出してというように……

ん?

わーーーー  ちょっと待った!!アルフレード。
どこからそんなお金持って来た!?

いえいえ、最初は、どれだけ賭けていたかは判りませんので、ホンの1ルイくらいから賭けてここまで増やしたのかもしれないですが……(それでも2万円だけれど)
何度も勝って、もしかして、男爵が賭けに加わった頃に、ちょうど手持ちが100ルイ位だったのかもしれません。

それでも少なくとも、男爵とのやり取りで300ルイ=6000フランは勝っています。その前の手持ちと勝ち金を合わせると、500ルイ=1万フラン(1000万円)くらいは持っていたのでしょうか。

ところで、1840年代、『紙幣』は100フラン・200フラン・500フラン・1,000フランの4種類が発行されていたそうです。

ただ、40年代に追加された100と200がこの時既にあったかは残念だけれど判りません。まあ500フラン札(5万円相当)を使ったとすると20枚程度になりますね。
ヴィオレッタの顔に叩き付けるにはどうでしょう? 多い?少ない??

ところで、たしか、アンニーナがアルフレードに不足分は1000ルイと言っていましたよね?  つまり、2万フラン……

たりないじゃん!

【馬車は貴族の必須アイテムです】

「椿姫」の中でも印象的なシーン、アルフレードが札束を投げる。でもそのお金、現在だったらいくらくらいかな?と思ってみると。
現在の各社界なんか吹っ飛ぶほどの格差社会のあの時代、必須アイテムを買うとしたら‥ ぜひぜひご購入をお考えの方はご参考に。。(なるか〜い!!)

クルティザンヌはお金がかかります

【Traviata:VOL.2】クルティザンヌのこと

Vol1から随分と時間が経ってしまいました。
前回は、ドゥミモンドと新興貴族のお話を致しました。これは儲けちゃってこまっちゃった人たちのお話でしたね。今回は「クルティザンヌ」のことを描いていきたいと思います。

クルティザンヌはお金がかかります
Photo by Marta Branco

ここからは「ラ・ボエーム」の『【Vol.5】グリセットのお話』で既に書いたことの復習です。
この時代、貧しかった労働者階級は更に貧しくなり、(フランス革命前は貧しかったけれど、まだ食べられたんです。それが真剣に食べられなくなってきたのがこの頃です)娘達は田舎から出てきて(出されて)パリでなんとかお針子や女中としての職を得ながら、それでもどうしようもない生活をなんとかするためにもうひとつの仕事に手を出します。ここまではいいですね。

有り難いことに?フランス革命でキリスト教が断絶した時代の申し子たちの子供達、つまり、キリスト教的な道徳観念を持たないで育った子供達の2世代目です。身を売る事についての罪悪感の薄さったらありません。かくして、大勢の高級娼婦予備軍の娘達が誕生します。

この中で、とびっきりの美貌と幸運と頭の良さをもった娘達が、資産家の紳士や老いた貴族の当時の流行のひとつでもあった「自分が最高級の女を育てる」遊びの対象として選ばれて教育を受けさせてもらえます。

これって マイ・フェア・レディ、それともプリティ・ウーマンのようですね。いつの時代も男性の夢なんでしょうか?現代の紳士の皆様ってどうお考えなのかな?ちょっと問い正してみたいもんです。

まあ、それはさておいて、こうして美しさと知性と教養で溢れた上に、モラルの欠如した貴婦人が誕生します。 これがクルティザンヌの素です。この素が、花から花へパトロンを渡り歩き、自らの館と馬車とパーティを持つようになって一丁上がり、クルティザンヌが完成します。

ここらへんまでなんとなく「ラ・ボエーム」のミミとも似ていますね。そうです。ボエームはほぼ同じ時代のお話になります。
そして、ミミはここではクルティザンヌにまでは成り上がれない、気立ての良いグリセットでしたね。

完成したクルティザンヌたちは堂々と貴婦人として馬車を駆け、劇場にも顔を出します。

ただ、一つ行くことができなかったのが正式な社交界の場であり、正妻達のいるパトロンの自宅です。子供が産まれても、私生児としてしか扱われません。ヴィオレッタのモデルとなった マリー・デュプレシも最初の子供を私生児とされたことで初めての真剣な恋が壊れ、自暴自棄な生活に拍車がかかります。

その後、また別の機会に書こうと思いますが、もうひとつの本気の恋をしますが、それを成就させるために別の男性と結婚をして正規の身分を手に入れようともします。恋ひとつするために大変な努力をすることになるのです。

いやもう、マリーから見たら、アルフレードの腕の中で死ぬことができたヴィオレッタって羨ましい限りなんじゃないかしら。。。。

【不朽の名作は押さえておこう】

オペラのタイトルは「椿姫」ではなく「道を踏み外した女」です。それでも日本では「椿姫」と訳されて愛されているのは、ひとえに、アレクサンドル・デュマ(息子)の、この切ない小説のタイトルをそのまま持ってきたからです。ここではヴィオレッタではなく、マルグリット・ゴーティエと名前は変わり、純粋に恋したのはアルフレードではなく、作家のデュマ・フィス。こちらも一度は読んでおきたい原作です。

少年僧侶たち

【Turandot:VOL.5】茉莉花唄う謎の少年集団ってなに!?

第一幕、謎解きに失敗したペルシャの王子が処刑される前、最後に、一目焦がれ続けたトゥーランドット姫の花の顔を拝むことが許されるシーン、大衆からの「お慈悲を!」コールに応えて姫が姿を現します。まあ、お慈悲をきっぱりと拒絶されるわけですが。
少年僧侶たち

ここで、姫が登場する前、少年少女合唱が登場します。こちらがちょっと不思議な存在です。通常の少年少女合唱は大衆を構成する一要素として登場することが多いのですが、この少年たちは違います。さて、何者なんでしょう。Wikipediaには「ラマ教の修道僧」との記述が見つかりました。ただし、日本語のWikipediaにだけです。と言う事は、Wikipediaの編集員がどこかで見つけてきたものか翻訳したもので、原本がどこかにあるはずですね。

子供たちの合唱が登場するシーンのリブレット画像それで探したのですが、見つかりません。誰か、ご存知でしたらお教え下さい!
少年少女合唱団が何者か?楽譜、原作…どこにも書いていません(あ、見落としただけかもしれませんが)。ただ、台本にヒントがありました。(Ricordi, I libretti d’Oera”Turandot”より引用)
合唱団が「Pu-Tin-Pao!」を連呼した後、少年少女合唱団が歌う前に、ト書きがあります。

「金色の背景(背景を描いた幕)は、青白い銀色に変わる。月の冷ややかな白さが、(紫禁城の)斜堤、街に照り返す。城壁の扉に、黒いチュニック(長上着)を着た衛兵が現れる。
悲しい葬送歌が流れて来る。歌う少年たちの集団(列)に先導されて、行列が進み出る。」

如何でしょう?
「Là sui monti dell’Est」は葬送歌だった!?それも”Una lugubre nenia” の “nenia(ネーニア:葬送歌)”の前に ”lugubre(ルーグブレ)”と言う形容詞(悲しい、いたましい、哀れをそそる、陰惨な…小学館伊和中辞典より)をわざわざ付けています。この歌、皆さんは悲しく感じますか?

この旋律は、トゥーランドットと関連がある時にしか現れないので、彼女のライトモチーフとして使われている面はあります。彼女の「残酷さ、冷たさ」ではなく、もう一面の「純粋さ、神々しさ」を表しているのかも知れません。

それは兎も角、葬送歌を歌いながら現れる集団は、勿論、お葬式に参加している人達です。そこで子供達が、先導隊として歌を歌う、どう言う場合でしょう?そこに居るのは、通常、家族・親戚…あとは、ご町内の皆さま。
でも、このシーンで死に赴くのはペルシャの王子。ペルシャ王家に関わる子供達が、遠く離れた北京に居るのは不自然です。居る設定なら、プッチーニは、わざわざ中国の江蘇省の民謡「茉莉花」を持って来ないでしょう(この曲は、中国の民謡から取られています)。彼なら、ペルシャの音楽を使うと思います。とすると、この子供達は、現地(中国)の子供達と考えるのが、自然です。

ペルシャ王子の親戚でもない子供達が、彼の葬送の為、歌いながら行進してくる…何故?

これには、出家した子供達だから…と考えると、筋は通ります。

仏教の中でも、ラマ教(チベット仏教)は、出家制度があります。ご当地に詳しい方に伺ったのですが、同じようにビルマの子供達も必ず一生に一度は出家するそうです(ビルマの仏教は、チベット仏教とは、宗派は違うんですけど)。

なるほど。。。なんとなく筋は通りますね。

そして、このペルシャの王子は、トゥーランドット姫の(ある意味、皇帝の)命令により死罪となる訳で、その点では、国の行事?としての(ペルシャ式ではない)葬送です。でも、それが何故、仏教の中でもラマ教なんてちょっと微妙なところになっているのでしょう?

そう言えば、チベット仏教には、転生の考え方があります。化身ラマ(転生ラマ)です。例えば、ダライ・ラマは生まれ変わる、とされています。

ここでワタクシが思い出すのが、トゥーランドットのアリア「IIn questa reggia(この王宮で)」です!そう、ロウ・リン姫です!このアリアの中で、トゥーランドット姫は

“qui nell’anima mia si rifugiò!”

(ロウ・リン姫の絶望の叫びが)ここ、私の魂の中に、避難して来た(宿った)!

“oggi rivivi in me!”

(ロウ・リン姫は)今日、私の中に、生き返っている!

と言っています。魂の転生です!

……あ、プッチーニはなにも書き残しておりません。念のため。

転生する仏の化身といえばこちら

映画「リトル・ブッダ」 Blu-ray,DVD
ベルナルド・ベルトルッチ (監督)

高僧の生まれ変わりとして選ばれ、ブータンへと旅立つ少年役の、この一作しか映画に出演していないアレックス・ヴィーゼンダンガーがたまらなく可愛らしく、また、キアヌ・リーブス演じるシッタータ太子の登場シーンの美しさが印象的。輪廻を考える前にその世界観に魅了される、一度は観ていただきたい映画の一つです。

【Turandot:Vol.4】姫さまの名前は「朶」!?

トゥーランドットという姫の名前なんですが、どうにも中国の姫のような気がしないんですよね。どこの名前なのかしら?とずっと不思議でした。
ムーラン、という映画があります。これは中国の伝説的な佳人で武人「花木蘭」をモデルにしたディズニーのアニメーションですが、個人的には花木蘭とムーランがなかなか結びつかなくて、あるときに「木蘭」=「ムーラン」と気づいてびっくりしました。

京劇 姫君
Photo by Jimmy Chan

※ここからは妄想です。しばらくお付き合いください。

『ではでは、トゥーランドットのトゥーランは「トゥー」+「蘭」なのか!ムーランがマグノリアなら、トゥーランは「钍蘭tǔlán(シンビジウム)」ではどうだろう?綺麗じゃない?
ふむふむ、となると「ドット」はなんだ??そうだ、この間読んだ小説の皇后の名前は独鈷だったな。中国には珍しい二文字姓だけどよくない??。そう、家名。西洋式にひっくり返っているとなると、「トゥラン・ドッコ→独鈷钍蘭」なんていいかも』などと、色々と妄想しておりました。 —–以上 あくまでも妄想です。

閑話休題。1998年に張芸謀監督が演出をした際に、「中国公主杜蘭朶(Zhōngguó gōngzhǔ dù lán duǒ)」と記載されていたそうです。

おお、中国人が選んだ漢字がある!
となるとわかりやすくなりますね。(いや、こんなに前のことだったんですね。もっと早く気付けよ、です。)

「中国公主」とは、中国のお姫様の意味です。

「杜蘭」「朶」と切るか、「杜」「蘭朶」と切るか悩みどころなんですが…(台湾のホテルに「馥蘭朶春秋烏來」という名前のホテルがあったり、小説家に「塁 蘭朶」という方もいらっしゃるようで、「蘭朶」と切ることもあり、なのでしょうが)一応、ここは「杜蘭」で切ります。原典といわれるペルシャの物語(オリジナルは散逸しているようです)では、姫の名前は「トゥーランの姫君」となっているだけで「トゥーランドット」という名前は、フランソワ・ペティ・ド・ラ・クロワの『千一日物語』(こちらもすでに失われているようです)か、ゴッツィがヨーロッパに紹介するときに付けたようです。「ドット」はどこからきたんじゃい!

「杜蘭」という言葉、調べてみると「石斛(セッコク:デンドロビウム)」の別名のようです。「朶」とは「花」「輪」の意味(辞書によって変わります)。石斛とは蘭科の植物で、生薬にもなるようです。薬効はざっくり言って「消炎、強壮強精剤、および美声薬」とあります。「滋養強壮力のある美声にも効いちゃうお花」な姫君です。そっか。だからテノールがみんな一目惚れするんだ(ペルシャの王子もカラフもテノールです)。トゥーランのお姫様は、薬というより毒に近いとは思うんですけれどねえ。英雄と出会うとちょうどいい感じの薬になるのかもしれません。

とはいえ、これはあくまでも張芸謀監督が選んだ漢字。もともとはおそらくそんなことは全く考えてなかったのか、ペルシャで生まれた昔話ですから根本から違うようです。(先に書いておけと…)

トゥーランドット(元となった昔話の名前ではトゥーランドフト)とは「トゥーラン国(ラテン文字: Tūrān, ペルシア語: توران‎)」の「娘 (ペルシア語:دختر、ドフトル) 」からきているそうです。
欧州FAQ「ハンガリーの質問:トゥラニズム」

また、トゥーランドットについて、色々と書かれている多くの方が引用もしている「香川大学経済論叢『トゥーランドット物語の起源』」にもフランソワ・ペティ・ド・ラ・クロワ(François Pétis de la Croix:1653~1713)の『千一日物語』(Les Mille et un Jour)の中の「カラフ王子と中国の王女の物語」(Histoire du prince Calaf et de la princesse de la Chine)についての解説として「トゥーラン(トルキスタン)」+「フランス語の学者という意味では?」として書かれています。この研修ノートは大変面白いのでぜひご一読をお勧めいたします。
っていうより、この文書があればこっちのブログいらないじゃん。。。。。 orz

今回は本当に役に立たないお話ですが、表意文字の漢字で書かれる人の名前って面白いですね。

Turandot チャン・イーモウ演出の世界

【ちょっと違った角度から見るトゥーランドット】

トゥーランドット~チャン・イーモウ演出の世界~

1998年に北京の紫禁城(オペラでも紫の城として登場していますよね)で上演したオペラプロジェクト、張芸謀監督の挑戦を追ったドキュメンタリー映画。
指揮者 ズビン・メータが中国、紫禁城でのオペラプロジェクトの演出家として白羽の矢を当てたのは、映画監督、張芸謀だった。。。

Liù

【Turandot:Vol3.】リュー、強い子泣かない子。

Liù
Photo by Some Tale : unsplash

トゥーランドットで、主役のトゥーランドット姫よりも人気のあるリュー。

王子がかつて一度だけ微笑んでくれたからと言うだけで(一目惚れしたってことなんだとは思いますが)、目が見えなくなったティムールを支えて、遠くアストラハンから北京まで(どうして北京なんだかわからないけれど)逃避行を続け、王子の幸せのために老人のティムールをかばって拷問を受け、挙句に自殺して果てる。ああなんてかわいそうな、そして健気なリュー…
あ、でもちょっと待ってください。リューは、前回もお話ししましたが、あんな遠くから、目も見えない、また、お尋ねもの(負けた国の王なんで)の老人を連れてですよ、若い娘が護衛も連れず長い長い旅をしているのです。そんな。今と違って街や邑を離れた街道は追い剥ぎやら山賊の宝庫ですって。
戦って倒した相手も 一人や二人ではなかったでしょう。いや、そのくらいの気概がなきゃ、まず速攻に捕まって売り飛ばされていますって。

一方、どのオペラの解説を読んでも、プッチーニが特別にリューに対して思い入れを入れた結果、彼女があまりにも巨大になってしまった、ということは話されています。その結果、リューの性格がひっくり返ってしまったこともあるようです。

リューの有名なアリア、「お聞きください王子さま」
切々と美しいピアニッシモで歌われる名曲ですよね。リューの切なさ、愛らしさ、健気さを象徴するようにも思いますが、オリジナルのリブレットでは、ちょっとばっかり違います。

現在のリューのアリアにあるト書きはこうなっております。
  avvicinandosi al Principe, supplichevole, piangente
  王子に近づきつつ、哀願する様に、泣いて

その後有名な「 Signore ascolta! (王子さま!お聞きください)」と始まります。ところがリブレットでは違います。
あ、リブレットですよ。原作ではありません。原作にリューは登場しませんから。(リューの代わりに数名の女官は出てきます)

 reprimendo le lagrime, con ferma promessa
涙を抑えつつ、決然たる誓いをもって

Per quel sorriso,
si’ … per quel sorriso Liu’ non piange piu’ !…
Riprenderem lo squallido cammino domani all’alba
quando il tuo destino, Calaf, sara’ deciso.
Porterem per le strade dell’esilio,
ei l’ombra di suo figlio io l’ombra d’un sorriso.
あの微笑みの為に、
えぇ…、あの微笑みの為に、リューはもう泣きません!
明日の夜明け、カラフ、あなたの運命が決まる時に、
私達は、物悲しい(悲惨な)歩みを再び始めましょう。
亡命の道に、彼(ティムール)は息子の(悲しい)影を、私は微笑みの影を担って(背負って)。

えーと。この歌詞を読むと、どう読んでもカラフ(名前呼んじゃってるし)が勝とうと負けようと、どっちにせよ自分にとって残酷な結果は見ることになる前に、『あなたのあの微笑みを胸に、私たちはまた旅立ちましょう』と言っています。あ、そうなんだ。止めないんだ。。。。。

そして、そのままだったらリューのアリアのあとにある「泣くなリュー」という身勝手極まりないカラフのひとくさりなんですが、実際は、このアリアの前に出てきます。つまり、この歌は「もう泣くな」とカラフに言われたので、そのアンサーソングとしての立ち位置だったようです。「泣くな」「わかった。もう泣かない」もう泣かないリューとなっていたはずなんです。まあ、ここで、リューちゃんがティムールの手をひいてスタスタと去って行ってしまったら、その後のカラフの「泣くなリュー」から始まる合唱まで巻き込んでの感動的な一大コンチェルタートにはならなかったでしょう。

ちなみに、音楽そのものは同じです。ただ、半音上になっていたそうです。最後の音がHとなります。現在の[Ah pieta’!]の終わりのB音は、もう一箇所の[sorriso]と対になっています。
本来の音だったら、あんなにたくさんのフラット記号がなく、音取りに苦労しなくてよかったのにね…

そしてこのリブレットを「絶対に嫌!!」と言って変更させたのが、そう、プッチーニなんですよね。

プッチーニはトゥーランドットだけではなく、ボエームに対しても、トスカについても多大なリブレットへの介入をしたことでも知られています。トゥーランドットは、「つばめ」でもタッグを組んだジュゼッペ・アダーミとジョルダーノの『マダム・サン=ジェーヌ』を書いたレナート・シモーニが担当しています。イッリカやジャコーザほどの大物ではないので、遠慮なく介入しております。そのため、リューはカラフの決心を聞いて受け入れ、「それでは私、これからティムール連れて旅に出ます」の代わりに「お聴きください。王子さま。私はもう耐えられません。」と縋り付かせます。 ま、いいんですけれどね、そのおかげで素晴らしい音楽ができたのですから。

ちなみに、彼女は楽譜の上では LIUと記載されています。これって日本人にはとってもめんどくさくて嫌な話ですし、人によって リューだったり、リゥだったりしているなあ〜と個人的には気になってたまらなかったのです。こちらは簡単。プッチーニが回答を手紙に書いています。

「リューは2音節にはしない。1音でリューと発音」だそうです。
Turandotの解説書

【英語ですがよろしければ】

Puccini’s Turandot (Princeton Studies in Opera)
William Ashbrook (著), Harold Powers (寄稿)
二人の音楽家による プッチーニ作曲トゥーランドットについての解説書です。この文のネタを頂戴しております。ありがとうございます。

China

【Turandot:Vol.2】そもそもティムール達って、一体どこからきたの?

China
Photo by Suzy Hazelwood

トゥーランドットとは、当時のヨーロッパの人々にとっては、「ほとんどの人が見た事もない国々の人の話」です。
私たち日本人にっとても、実は知らない国々かもしれないですね。例えば、名の知れぬ王子(カラフ)、その父ティムール、そしてリューは、何処から物語の舞台となった北京にやってきたのでしょうか?姫も単に「外国人!外国人!」と呼んでいますよね。どこの国からきたのでしょう。気になりませんか?

これは、プッチーニの楽譜の何処にも書いてありませんが、原作とされるカルロ・ゴッツィの『トゥーランドット』には書かれております。

ティムール:Astracan の王

イタリア語だと「アストラカン」と発音しますが、日本では「アストラハン」と発音します。
ついでと言っては何ですが、現在はロシア領になりますので、現地の言葉では「Астрахань アーストラハニ」ラテン文字転写では、「Astrakhan アストラハ-ン」と呼びます(しつこい??)
カスピ海の沿岸部です。

こーんなところ。


めっちゃ、遠いっ!!!! … ヨーロッパに逃げた方が、近くね?

ちょっとGoogle Mapで経路検索してみたんですけれどね。

アストラハンから北京まで電車で移動すると7日以上?
〔GoogleMap経路検索結果〕

列車で7日22時間(笑)。こんな所から、目の見えないティムールを連れ、北京まで「歩いて」来た!?
それも、王位を追われた者が、どんな悲惨な運命を辿るか?は多くの歴史が語る通り。ティムールとリューの逃避行は、どんなに大変だったでしょう。
ってか、リュー、すごすぎ!!

これは昔、とあるリュー歌いさんとお話しした時に、その方曰く、「この女(リュー)、北京に来るまでに、何人かは殺ってると思うんだよねぇ…」  (^◇^;;;;;

めっちゃ中国らしい演出って素敵かも
歌劇「トゥーランドット」全3幕/チャン・イーモウ演出 [DVD]
出演:ジョヴァンナ・カゾッラ(トゥーランドット) (出演), ニコラ・マルティヌッチ(カラフ) ,アレッサンドラ・パッチェッティ(リュー), サイモン・ヤン(ティムール)他チャン・イーモウらしい華やかさが魅力な映像です。
2003年ソウル、ワールドカップ・スタジアムでの一大スペクタクル!
フィレンツェ歌劇場・中国国立北京オペラ、韓国アレーナ・オペラ・フェスティヴァル共同公演。

【Boheme:Vol.6】ハートに灯をつけて

ご存知、ボエームの第一幕。 ミミとロドルフォの出会いのシーンは 蠟燭の火がきっかけになりますね。蠟燭って暗いんですよ……

蝋燭を持つ乙女
Photo by cottonbro

季節はちょうどクリスマス頃。 ヨーロッパは緯度が高いせいもあって、冬はとても早い時間に暗くなってしまいます。 今頃だと17時には真っ暗です。
そして、これはまた別の機会にお話しようと思うのですが、ロドルフォの部屋は西向きなんです。
まだ、最後の夕陽があたって 赤く空を染めている頃、そう、16時頃でしょうか?窓際に置かれたマルチェッロのカンバスはまさに紅に燃える紅海だったのでしょうね。
その後、ショナール、コッリーネが現れて、ベノアを追い払って…… ミミの登場は 17時から18時頃になっていたかもしれません。
もうその頃は真っ暗です。 当然、明かり取りのない屋根裏部屋に続く階段は真っ暗。 コッリーネは階段を落っこちてしまいます。あーあ。痛そう……

ヨーロッパの大きな建物の多くは屋根裏部屋を持っています。 古い貴族の館等の場合、屋根裏などに続く階段は、館の中のものとは別に専用の小さい入り口を持ち、暗い階段を使って直接上に上がるような仕組みになっているところもあります。 ちょうど歌舞伎座の大向こうやスカラ座の天井桟敷につづく階段のように。
物語の舞台となった彼らのパラッツォはどんな規模かは判らないですが、そこそこの大きさはあったと思われます。 だって門番雇っているくらいですから。
ドアの処に門番が居て、帰ってくる住人のために灯りを用意しておいたりするはずが、どうやらショナールの罵り声「Maledetto portier!(忌々しい門番め!)」からすると、サボって灯をともしていないどころか、どこにも居なかったのかもしれません。

帰ってきたミミも門番に灯を貰えなくて手探りで階段を登っては来たものの、真っ暗な廊下で鍵をあけられずに困っていたのでしょう。
そこへ隣家のドアが開き、3人の若者が飛び出して行ったのです。そして灯りがもうひとつ、部屋の中に……やった!!灯りが貰える。

ミミの部屋とロドルフォの部屋の位置関係は台本や二人のセリフの端々に見えてきます。

ちょうど階段の登り切ったすぐの処、西側がロドルフォの部屋になるようです。勿論屋根裏部屋です。
ドアは階段に向かって開くようです。なぜなら、コッリーネもショナールもミミがそこに居る事に気付かなかったのです。
いくら真っ暗でも人の前を通ったら、それも若い娘さんの前を素通りできるようなマルチェッロ達じゃあありませんよね。残念なことに、ドアをあけても、奥の方は陰になってよく見えなかったのでしょう。
そして、そのドアの前を通り過ぎた反対、つまり東側の部屋がミミの部屋のようです。だからミミからは皆が降りて行ったことも、最後にひとり残ったこともちゃんと見えていたのです。

さあ、ちょっと勇気だして蠟燭の灯を分けてもらいましょう。

え? ライター??? ないですないですヾ(^_^;;
ロドルフォも第一幕で、戯曲を燃やすストーブの火をつけるのに火打石を使っていますよね。
さて、マッチが発明された時期をいつと見るのはちょっと難しいのですが、一般的にイギリスのジョン・ウォーカー氏が硫黄をかぶせた軸木を2枚の硝子粉紙の間にはさんで発火させるマッチのモトを発明したのが起源と言われています。これが1827年のことです。
その後1831年にどこで擦っても簡単に発火する黄燐マッチがフランスで誕生。このフランス生まれのマッチによって、ようやく人類が原始時代に別れを告げたわけです。
ちょうどボエームの時代には、まだ産まれたてほやほやのマッチです。 高価すぎて貧しい学生やお針子なんかが簡単に買う事は出来ません。
ということで、蠟燭についた火はとても貴重なのです。そして とてもほの暗い。
お互いの顔を見ることはできるけれど、足下におちた鍵を探すのはとっても無理なくらいだそうです。実証した人から聞きました。
特に、外のネオンや近所の電気の灯りなどない時代です。(部屋中の待機のランプだってないですよ)静寂と闇が支配する中、オレンジ色のやさしい光の中に姿がみえて、なんてロマンチックと言った方がいいか危ないと言った方がいいか……
簡単に恋のひとつやふたつ、始まってしまいそうですね。
ライターやマッチ、簡単に点火できる、というより電気やらLEDやらの灯りで暗闇のほとんどない現代では、なかなかこういう素敵なチャンスには巡り会えなさそうです。

【こんな可愛いミミが来たらどうしよう…】出演: アンナ・ネトレプコ, ローランド・ビリャソン, ニコル・キャベル, ジョージ・フォン・ベルゲン,
監督: ロバート・ドーンヘルムプッチーニ生誕150周年記念作品。めちゃくちゃ可愛かった若きネトレプコが当時ベストカップルだったビリャゾンとがっつりタッグを組んだボエーム。若々しくそれゆえに切ない素敵な映像です。

なお、マッチの歴史が木になる方はこちらをどうぞ
「マッチの歴史 大和産業株式会社」

【閑話休題】名前小ネタ

ボエームといえば、若者の群像劇です。なので、基本、登場人物は皆若者です。もちろん、農家のおかみさんや物売り、モミュスのお客には年をとった人も出てきますが、名前のある人は若者が基本。その中で、名前はあるけれど若くない人間がふたりいます。ともに、若者から見たら最も忌むべき人間です。つまり、年を取り、小金を持ち、愛ではなく女を連れ歩くことを喜ぶ、彼らとは真逆の人たちです。1幕の大家さん、ベノア、2幕のムゼッタの愛人アルチンドロです。それだけで若者たちのあざ笑いの種になっています。 4幕にはムゼッタやミミの愛人らしき人はいたはずですが、彼らをあざ笑ったりする心のゆとりがもうなくなっていたのでしょう、名前も影も見えてきません。

§ベノア

1幕で3ヶ月分の家賃を請求にきたのに、安いワインで酔わされ、ついつい若いグリセットとデートしていることを白状させられた結果、家賃踏み倒されてしまう気の毒な老人です。
そもそもは、フランス起源の名前です。原作でも、ブノワとしてそのまま出てきます。イタリア語では「Benedetta: 祝福された」という意味があります。
クリスマスの晩に、3ヶ月分の家賃を取り損ねるのだから、ボエームに於いては、当然、アイロニーに満ちた名前ですね。

§アルチンドーロ

2幕でムゼッタにルル!と子犬のように呼びつけられている、お金持ちで、身分もありそうな紳士です。二人だけの時には、きっとルル!と呼ばれると ワン♥とでも答えていたのでしょう。

アルチンドーロとは、Alcindo と Oro とに分けられると思われます。Alcindo は「強い性格」と言う意。Oro は「黄金」と言う意味です。いかにもプライドが高くて小娘(ムゼッタ)に引きずり回されること自体、憤懣やるかたないというのがよくわかります。 ということで、ムゼッタを含む若者たちにとって、体良く追い払った挙句、モミュスの払いくらいさせても良心の欠片も痛まないところなのです。

ラ・ボエーム《お時間のない方向け》

《超ざっくりいうと》
未来を夢見る若者たちの群像劇。もちろんいつだって金欠なので、家賃や飲食代踏み倒すのも朝飯前。ある日、画家マルチェッロの家に転がり込んでいる詩人ロドルフォは、肺を病んでいる ミミというあだ名をもつ可愛らしいお針子の娘と知り合い恋に落ちるが、どうしようもない貧しさのせいで一旦は別れ、ミミは裕福な子爵の庇護の下に入るが、結局最期はロドルフォの腕の中でと戻ってきて息絶える。
Photo by cottonbro

時代は1830年ごろ。クリスマスのパリ。
若い画家、マルチェッロの家の中はストーブにくべる薪もなく、転がり込んでいる詩人ロドルフォ、哲学者のコッリーネと、凍えながらもロドルフォの作品を燃やすことで暖を取ろうとしています。
ちょっと上手くやったショナールがいくばくかの稼ぎを持って帰ってくると、見越したように大家が家賃を取り立てに来ました。 大家を体良く追い出し、懐があったかくなった4人はお祭りの街へと繰り出すことにしますが、ちょっとだけ仕事の残っていたロドルフォは遅れていくことに。
するとドアをノックする音が。 若い女性の声にドアを開けると、ロウソクの火を借りに来たミミと名乗るお針子の娘です。あまりの可愛らしさに一目で恋におちた二人は揃って仲間の後を追ってパリの街へと出て行てゆくのです。

パリの街は行き交う人々、行商人達で大騒ぎ。あちこちから聞こえる物売りの呼びかけに応えて、皆気ままな買い物を楽しんでいます。ミミはロドルフォにバラ色のボンネットをプレゼントされます。人気のカフェ モミュスの中に 無理やり席を作って屯する仲間達に、ロドルフォがミミを紹介します。すると、道の向こうから甲高い笑い声が。マルチェッロとせんだって別れたばかりのムゼッタです。びっくりするほどめかしこんで、大量の買い物の荷物をもたせた紳士を引き連れて女王のようにやってきます。あてつけるような振る舞いの数々を持ってしても動じなかったマルチェッロですが、ついにはその魅力に負けてしまいます。引き連れていた紳士をていよく追い払い、さらにはモミュスの払いまで押し付け、ちょうどやってきた軍隊の行進の渦に紛れて皆で逃げて行きます。

しばらく経ったある早朝、ムゼッタと二人、看板を描き、歌を教えながらとある酒場で暮らしているマルチェッロの元にミミが訪ねてきます。ロドルフォは?夜中にやってきて酔いつぶれて寝ていると聞くと、喧嘩ばかりの今日この頃、ロドルフォが自分にあまりにも嫉妬深く疑い深くなってやっていけないと嘆きます。 そこへ目を覚ましたロドルフォがやってくるので、まだ会いたくないミミは木の陰に隠れて見ています。するとミミに気付かないロドルフォは、彼女の病が大変に重篤で、このままでは死んでしまうから、自分を見限って裕福な男性の元に行かせたいと、その言葉を聞いて思わず嗚咽をもらすミミ。そこへムゼッタが男達とふざける笑い声がし、マルチェッロとの痴話喧嘩が始まります。勢い余って喧嘩別れをする二人をよそに、ミミとマルチェッロは、冬の孤独はあまりに哀しいからと、春になったら別れることにします。

春が過ぎ、またマルチェッロとロドルフォが未練たらしいふたりの生活が始まっています。ショナールとコッリーネもやってきて、再び昔のような生活が戻ってきたのも束の間、ムゼッタが飛び込んできます。ミミがいるの!最期を悟ったミミが、世話になっている子爵の元を逃げ出してロドルフォの元で死にたいとさまよっていたところを見つけたというのです。大慌てでミミを連れてきて寝かせます。ムゼッタは今の愛人からせしめたアクセサリーを売り、コッリーネは一張羅のコートを手放します。医者、薬、冷たい手を温めるマフ。ショナールがずり落ちた手を戻そうと取り上げた時、その全てをあざ笑うようにミミはひっそりと息絶えていたのです。

【手っ取り早く】2020年2月現在 Kindleで無料公開されています。数少ないオペラコミック「ディーヴァ」のボエームの回。
若き歌姫、リマが挑む『ラ・ボエーム』の全幕っていうくらいなので、まあ、ある程度、あらすじはここでクリアできちゃいます。
中国 居城

トゥーランドット あらすじ《お時間のない方向け》

《トゥーランドット あらすじ:超ざっくりいうと》
超美人のお姫様への求婚譚。3つの謎を解ければ結婚解けなければ斬首という残酷なお姫様。一目惚れした亡国の王子が挑戦してまさかの勝利。よせばいいのに姫に出した王子の謎。王子を勝たせるためその名を知る女奴隷は自ら命を絶ち、彼女によって愛を初めて知った姫は王子の愛を受け入れる…ってわけわかんない話。
中国 居城
Photo by Ruiyang Zhang

北京の街は大騒ぎ。また今夜も無謀にも姫に求婚の謎解きを挑んで負けたペルシャの王子の処刑が告げられる。あまりに若く美しいその若者を惜しんで許しを請う人の中に亡国の王子が。人ごみの中、国の滅亡と共に逃れ、盲いた父王と、王を助けてきた女奴隷リューと再会する。喜びを分かつ間も無く、かいま見た姫の美しさに、求婚のドラを鳴らすのであった。

ピン、ポン、パンと三人そろった大臣たち、姫に求婚して失敗、処刑されることにはもううんざり。けれどドラがなったからには準備をせねばなりません。皇帝の前で姫への求婚をした若者の前に姫が登場します。 あまりの美しさに見とれる間も無く、姫は不吉な物語とともに謎を出します。なんと、王子はあっさりと3つの謎を解いてしまいます。
さあ大変。姫は求婚を受けなければなりません。冗談じゃない!私は神聖な皇帝の娘とわめき立ててももう遅い。いえ…、勝者の驕りか、ついつい姫に逆の謎を出して逃げ道をつくってまでやります。私の名を当ててみせろと。

姫は必死です。北京中は眠ることを許されません。王子の名前をどうにかして突き止めないと全員が処刑されてしまいます(んなこと有り得る??)誰かが王子が話していた父王とリューを見つけ出してしまいます。 きっとこいつらなら知っています。そう、リューは私だけが知っていると王を庇います。そして王子の前、リューは愛ゆえに口を閉じるといって自殺します。

姫はリューの自殺に衝撃を受け、愛に目覚め、王子を受け入れます。王子は命を姫に捧げると自分の名を告げます。韃靼の失われた王子、カラフであると。姫は王子の名が分かったと皆を呼び集め、皇帝の前に立ち、彼の名は「愛」だと告げます。全ての民の祝福の中、皇帝によって二人の婚礼が認められます。

【手っ取り早く】

トゥーランドットをざっくり予習するとしたら、里中満智子先生描くコミックがあります。 中公文庫-漫画名作オペラで、なんと、トゥーランドット、蝶々夫人、ラ・ボエームという、プッチー二の代表的な作品を網羅していますので、とりあえずこちらを