Category Archives: ラ・ボエーム

【Vol.6】ハートに灯をつけて

ご存知、ボエームの第一幕。 ミミとロドルフォの出会いのシーンは 蠟燭の火がきっかけになりますね。蠟燭って暗いんですよ……

季節はちょうどクリスマス頃。 ヨーロッパは緯度が高いせいもあって、冬はとても早い時間に暗くなってしまいます。 今頃だと17時には真っ暗です。
そして、これはまた別の機会にお話しようと思うのですが、ロドルフォの部屋は西向きなんです。
まだ、最後の夕陽があたって 赤く空を染めている頃、そう、16時頃でしょうか?窓際に置かれたマルチェッロのカンバスはまさに紅に燃える紅海だったのでしょうね。
その後、ショナール、コッリーネが現れて、ベノアを追い払って…… ミミの登場は 17時から18時頃になっていたかもしれません。
もうその頃は真っ暗です。 当然、明かり取りのない屋根裏部屋に続く階段は真っ暗。 コッリーネは階段を落っこちてしまいます。あーあ。痛そう……

ヨーロッパの大きな建物の多くは屋根裏部屋を持っています。 古い貴族の館等の場合、屋根裏などに続く階段は、館の中のものとは別に専用の小さい入り口を持ち、暗い階段を使って直接上に上がるような仕組みになっているところもあります。 ちょうど歌舞伎座の大向こうやスカラ座の天井桟敷につづく階段のように。
物語の舞台となった彼らのパラッツォはどんな規模かは判らないですが、そこそこの大きさはあったと思われます。 だって門番雇っているくらいですから。
ドアの処に門番が居て、帰ってくる住人のために灯りを用意しておいたりするはずが、どうやらショナールの罵り声「Maledetto portier!(忌々しい門番め!)」からすると、サボって灯をともしていないどころか、どこにも居なかったのかもしれません。

帰ってきたミミも門番に灯を貰えなくて手探りで階段を登っては来たものの、真っ暗な廊下で鍵をあけられずに困っていたのでしょう。
そこへ隣家のドアが開き、3人の若者が飛び出して行ったのです。そして灯りがもうひとつ、部屋の中に……やった!!灯りが貰える。

ミミの部屋とロドルフォの部屋の位置関係は台本や二人のセリフの端々に見えてきます。

ちょうど階段の登り切ったすぐの処、西側がロドルフォの部屋になるようです。勿論屋根裏部屋です。
ドアは階段に向かって開くようです。なぜなら、コッリーネもショナールもミミがそこに居る事に気付かなかったのです。
いくら真っ暗でも人の前を通ったら、それも若い娘さんの前を素通りできるようなマルチェッロ達じゃあありませんよね。残念なことに、ドアをあけても、奥の方は陰になってよく見えなかったのでしょう。
そして、そのドアの前を通り過ぎた反対、つまり東側の部屋がミミの部屋のようです。だからミミからは皆が降りて行ったことも、最後にひとり残ったこともちゃんと見えていたのです。

さあ、ちょっと勇気だして蠟燭の灯を分けてもらいましょう。

え? ライター??? ないですないですヾ(^_^;;
ロドルフォも第一幕で、戯曲を燃やすストーブの火をつけるのに火打石を使っていますよね。
さて、マッチが発明された時期をいつと見るのはちょっと難しいのですが、一般的にイギリスのジョン・ウォーカー氏が硫黄をかぶせた軸木を2枚の硝子粉紙の間にはさんで発火させるマッチのモトを発明したのが起源と言われています。これが1827年のことです。
その後1831年にどこで擦っても簡単に発火する黄燐マッチがフランスで誕生。このフランス生まれのマッチによって、ようやく人類が原始時代に別れを告げたわけです。
ちょうどボエームの時代には、まだ産まれたてほやほやのマッチです。 高価すぎて貧しい学生やお針子なんかが簡単に買う事は出来ません。
ということで、蠟燭についた火はとても貴重なのです。そして とてもほの暗い。
お互いの顔を見ることはできるけれど、足下におちた鍵を探すのはとっても無理なくらいだそうです。実証した人から聞きました。
特に、外のネオンや近所の電気の灯りなどない時代です。(部屋中の待機のランプだってないですよ)静寂と闇が支配する中、オレンジ色のやさしい光の中に姿がみえて、なんてロマンチックと言った方がいいか危ないと言った方がいいか……
簡単に恋のひとつやふたつ、始まってしまいそうですね。
ライターやマッチ、簡単に点火できる、というより電気やらLEDやらの灯りで暗闇のほとんどない現代では、なかなかこういう素敵なチャンスには巡り会えなさそうです。

【こんな可愛いミミが来たらどうしよう…】

【閑話休題】名前小ネタ

ボエームといえば、若者の群像劇です。なので、基本、登場人んぶつは皆若者です。もちろん、農家のおかみさんや物売り、モミュスのお客には年をとった人も出てきますが、名前のある人は若者が基本。その中で、名前はあるけれど若くない人間がふたりいます。ともに、若者から見たら最も忌むべき人間です。つまり、年を取り、小金を持ち、愛ではなく女を連れ歩くことを喜ぶ、彼らとは真逆の人たちです。1幕の大家さん、ベノア、2幕のムゼッタの愛人アルチンドロです。それだけで若者たちのあざ笑いの種になっています。 4幕にはムゼッタやミミの愛人らしき人はいたはずですが、彼らをあざ笑ったりする心のゆとりがもうなくなっていたのでしょう、名前も影も見えてきません。

§ベノア

1幕で3ヶ月分の家賃を請求にきたのに、安いワインで酔わされ、ついつい若いグリセットとデートしていることを白状させられた結果、家賃踏み倒されてしまう気の毒な老人です。
そもそもは、フランス起源の名前です。原作でも、ブノワとしてそのまま出てきます。イタリア語では「Benedetta: 祝福された」という意味があります。
クリスマスの晩に、3ヶ月分の家賃を取り損ねるのだから、ボエームに於いては、当然、アイロニーに満ちた名前ですね。

§アルチンドーロ

2幕でムゼッタにルル!と子犬のように呼びつけられている、お金持ちで、身分もありそうな紳士です。二人だけの時には、きっとルル!と呼ばれると ワン♥とでも答えていたのでしょう。

アルチンドーロとは、Alcindo と Oro とに分けられると思われます。Alcindo は「強い性格」と言う意。Oro は「黄金」と言う意味です。いかにもプライドが高くて小娘(ムゼッタ)に引きずり回されること自体、憤懣やるかたないというのがよくわかります。 ということで、ムゼッタを含む若者たちにとって、体良く追い払った挙句、モミュスの払いくらいさせても良心の欠片も痛まないところなのです。

【Vol.5】 グリセットのお話

原作では1840年の設定を、オペラではわざわざプッチーニが1830年代初頭に移したのにはいくつかの理由が考えられます。ひとつは、国王陛下の人気の度合いです。それと一番の理由は生活の苦しさではないかと愚孝しているわけです……

1830年初頭は貧しかった労働者階級は更に貧しく(それ以前は貧しかったけれど、まだ食べられたんです。それが真剣に食べられなくなってきたのがこの頃です)農村の労働力としては心もとない娘達は、田舎から出てきて(出されて)パリでなんとかお針子や女中としての職を得ながら、それでもどうしようもない生活をなんとかするためにもうひとつの仕事に手を出します。

有り難いことに?フランス革命で宗教をも壊した「時代の申し子たち」の子供達、つまり『キリスト教的な道徳観念を持たないで育った子供達の第2世代』です。貞操に対する罪悪感の薄さったらありません。

かくして、大勢の娼婦予備軍の娘達が誕生します。
この中で、とびっきりの美貌と幸運と頭の良さをもった娘達が、トラヴィアータ(椿姫)の主人公、ヴィオレッタのようなクルティザンヌへと変貌します。

一方、そこまでの幸運と美貌とに恵まれなかった娘達は、割とフットワーク軽くそして逞しく生きてゆきます。
それがグリセット(Grisette)達です。
直訳すると『グレーの服の娘』とでも言えばいいのでしょうか?語源はグリ(Gri:グレー つまりお針子達の安価なグレーの制服)です。
当時の市民感覚としては「援助交際ギャル」とか「浮気娘」というところでしょうか。
グレーの制服を着たお針子や洗濯女達のお給金はとても安く、ギリギリ食べることは出来ますが、ちょっと気の利いたお洒落をしたり、カフェに行っておしゃべりをするには足りません。やはり副業が必要というか、手っ取り早くちょっとした贅沢をさせてくれる人が居たら嬉しいのです。

一方、中・上流階級出身の子息で医師や弁護士になるために大学に行っている学生や 裕福だけど、さすがにクルティザンヌを庇護するまでの資産はない老人達にとって、公営の娼館への出入りがはばかられる理由は山ほどあります。
かといって、同じ階級の娘達に手を出そうものなら、一応崩壊しているとはいえカトリックの国ですから、思いっきり差し障ります。

そういった双方の利害が一致した結果、「プロではない普通の女の子」のグリセット達は(当然、シルクを扱ったりしますので、身は–フランス人にしては—清潔にしていますし、手はすべすべです。)彼らのつかの間の愛人として、カフェに連れて行ってもらったり、可愛いアクセサリーやドレスを買ってもらうのです。
そう、ムゼッタなんかはグリセットそのものです。
若くて美人で魅力的で。マルチェッロの事は実際、大好きなのです。でも、愛だけでは生きていけないのです。

でも「贅沢が同じくらい好きなの…… アルチンドロは私の言うことなんでも聞いて、なんでも買ってくれるのよ。」

ムゼッタは、この物語の後、若い参事官の愛人になった時には、ル・アルプ通りを出てプリュイエール通りへと移り住みます。つまり、日本の江戸時代における大川の向島あたりの寮に住まわせた、小唄の師匠みたいな……ロレットと呼ばれる、もう他の仕事をしない身分へとステージアップします。

で、カンのいい方でしたらピン!と来られたかと思いますが、ボエーム2幕の群衆の中に「学生達とお針子達のカップル」が沢山出てきますね。つまりそういうカップル達でしょうか。

商売としての娼婦とは一線を画しているところもクルティザンヌと一緒ですが、彼女達は文化を創ることはしませんでした。

クルティザンヌがパリのガガ様なら、グリセットはリアルAKB。会いにいけるアイドル達といったところでしょう。

そして、ミミ。彼女も実際はそういったグリセットのひとりといっていいでしょう。

ミミは言います。「私の名前はミミ。本当はね、ルチアというの。」前にも書きましたね。「可愛い子ちゃん」「ねんねちゃん」という意味の愛称だと。
まずい事に(笑;;;; 「ミミ」「ジュジュ」「ルル」「ロロ」といった『繰り返し名』はマキシムを代表とする 踊り子たちの源氏名に多い名前であり、愛称であったようです。
ミミもきっとそういった中で、ちょっとまだ擦れていない、可愛い娘として「ギョーカイ」でそう呼ばれていたのでしょう。

現に、とても恋愛上手な可愛さと、病気のためロドルフォと別れて「ちゃんと」子爵に面倒を見てもらうことが出来るだけの知恵と力量とを持っていたようです。
それに、ロドルフォと知り合って間もない2幕の頭でも「ねえ、このバラ色の帽子、私に凄く似合うの」といって可愛いおねだりをしています。かなり高度なテクニックです。(^_^;;

原作に出てくる「浮気性で気まぐれなミミ(本名リュシェル:フランス語でルチア)とフランシーヌという肺病で死んでしまう儚い乙女との二人を合わせたキャラクターがプッチーニのミミ」と言われています。 そのため、一途さと清純さが前面に出た性格なっているため、男性、特に、日本の男性の間には、ミミ=聖女説がある一方、ミミを娼婦とこき下ろす説もあります。

私はこのどちらの両極端の説にも賛成しかねるんです。やっぱりプッチーニが自分の好きなタイプの女の子として造り上げたキャラクターだけの事はあります。 基本、根は善良で純真です。
けれど、ムゼッタを初めてみたとき、「e pur ben vestita! (でも素敵なドレスよ!)」と言ったり、サンゴの首飾りをしっかりと欲しがったり、ちょっとその生活の片鱗を見せてもくれています。「私はミミと呼ばれています」というアリアの歌詞も、随所にロドルフォを誘う言葉が盛り込まれているのです。

「ひとりで、 お昼ごはんを作って食べています。(カレシはいないのよ)  ミサには毎回は行っていません( 神様に縛られているわけではないのよ…多少の不品行はオッケーよ)  でも、神様にはたくさんお祈りしているんですよ。(あ、でもそんなに自堕落じゃないのよ)   一人です……たった一人で生きているんです。」

もう、めっちゃくちゃに上手いです。モテ期がまだ!と仰る方はぜひミミをご参考になさってください。

また、1830年初頭のグリセットたちは、まだまだ牧歌的で、学生たちや若い芸術家たちの恋人として、まめまめしく尽くすことが主だったそうです。それが40年代以降になると、経済状態の悪化から、更に荒んだ生活を送る娘たちが多くなっていったそうです。
そのため、プッチーニはどうしても時代を1830年代初頭に持っていきたかったんだろうな。
【「らしい」ボエームといえばこれ!演技派ストラータスとせつないカレーラスが絶品】

【Vol.4】もうひとつのボヘミアンな名前物語 ネタ編

その名前を聞いただけでどんな人かイメージすることがありますよね。小説などでも主人公の名前は、そのキャラクターや物語に合わせて付けられているように思います。
そして、やっぱりオペラの登場人物も、そのキャラクターを意識した名前が付けられているようですよ。

ミミの本当の名前は「ルチア」ということはもう良いですよね?
ルチアとは、ラテン語のLUX(光)、古代ローマでは「夜明けの最初の光の子」に名付けられる名前だそうです。
ミミのアリアでも言いますよね。「4月のはじめての(太陽の)口づけは私のもの!」。本当にそのまんまですね。
理解されている名前の印象としては、おしゃべりで時折空気が読めてなくて、恋にちょっとあぶなっかしい……
とってもチャーミングな名前のようです。

そして、その恋人のロドルフォなんですが、こちらはドイツの古い名前、Rudolf(Rhood-Wulf) そう「栄光に満ちた狼」。戦場の勇者であり、王者の名前です。印象として、夢多き理想家でありながら激情家、繊細な心を持ちながらも大胆な冒険をする活動家に与えられる名前のようです。

このカップル、これはなかなか大変な大ロマンスの起きる名前ですよね。 オペラの中でも、モミュスのシーンで、ちょっとミミが空気を読めないでマルチェッロをイラっとさせたりもします。そして、ロドルフォの夢多き夢想家ぶりと来たら!
また、狼の属する夜には朝日は属すことはできないのです。(悲)

さて、もう一組のカップル。 ええそうです。 ムゼッタとアルチンドロヾ(^_^;;  違いました、ムゼッタとマルチェッロです。 こちらも名前でみる相性診断がとっても面白いことになっています。

本名が判らないので、ムゼッタはそのままムゼッタで判断するしかありません。牧歌的なワルツ、また、その楽器としてのミュゼット、というお話は前回致しました。
ところで、もう一つの名前の読み解き方もあるんです。
ムゼッタの語尾の「ッタ」は、「可愛い◎◎ちゃん」というように愛称化するときに付けるものです。となると、ムゼッタは「可愛いムーサちゃん」となります。ムーサといえばギリシャ神話の「ミューズ」ですね。
そう、芸術や詩の女神です。美人でキュートで自由。
確かに、ムゼッタは詩のインスピレーションの源泉そのもののです。もしかして ロドルフォと恋に落ちていたらとんでもない事になっていたかもしれませんね(笑;;;;

片やマルチェッロ君。

お分かりになる方もそろそろ出てこられたかしら? ローマの軍神マルテ(マルス)を語源とするマルクスからきた、小さなマルクス。これはラテン語でMarcellus(マルチェッルス)「小さな金槌」を意味するようになって、やはり戦いを連想させる、ローマ貴族の名前となります。
名前の印象として、繊細で慎重だが、一度信頼すると一気に愛情深くなり、現実より理想の世界を愛する、となっています。たしかに マルチェッロってそんなところありますよね。

となると、どう考えてもこのカップル、上手く行く筈ないんですよね
ミューズの娘と軍神の子ですから……
とはいえ、短い間、インスレーションを与え合うという意味では、瞬間的な激しい恋愛感情をかき立てられる相手の様です。モミュスで再開した際、マルチェッロは「セイレーンよ……」と呼びかけます。やっぱりムゼッタは歌そのものなんですね。(セイレーンは、ある説では、ムーサの娘とも言われています。あくまで一説ですが)

ムゼッタは言います「マルチェッロは私には『たまに』とっても必要になるの」
あら ずっとじゃないんだ……(´・ω・`)

せんだって、とあるイタリア人に「ねえ、ショナールっていう名前を聞くと、どんな印象もつ?」と聞いてみたところ、「そうね〜 なんだか『へっぽこ』っていうような感じを受ける名前なのよね。」つまり、ショナールという名前そのもので「へっぽこ音楽家、少なくとも一流じゃあない」みたいな印象を受けるのだそうです。
(^m^) そりゃ、ラッパの「レ」も違うはずです。
そのファーストネームが前回も書いた様に「アレクサンダー」です。ギリシャ語の「Aléxandros」ですが、これは動詞の「Aléxein(保護する)」と名詞の「Andròs(男)」の組み合わせ。もうどう見ても大王様の為の名前ですよね。ただ、この名前のもつ性格というのは、案外熱狂的で落ち着きがなく、プライドが高く自信家、そしてあらゆる冒険に飛び込む…… ああ、居ますね。 こういう人。 面白いですが騒々しい。熱量が高そうな名前ですね。
偉大なファーストネームとへなちょこな姓の組み合わせ。これだけで、ずっとふざけ続けているショナールの人柄が判るような気もしますよね。

コッリーネについては、前回あらかた書いてしまったので、あまり残っていないのですが、グスターヴォとは、「ゴート族の大黒柱、首領」の意味を持つ、スウェーデン起源の名前で、その名の通り、君主に多いそうです。
持っている名前の性格でも、大地に足をおろし眼差しを天に向けるもの、と言われています。大掛かりな計画を立てることを愛し、実行すると。  同じ大王でも、騒々しいアレクサンドロスとはちょうど反対に居るようですね。
やはり4人の中でも 一番肝が据わっているのかもしれません。

名前の話はここには載っていませんけれど…

【Vol.3】 ボヘミアンな名前物語

「私、皆に『ミミ』って呼ばれていますの。 「でもね、本当の名前はルチアって言うの。」
「何故ですって? 知らないわ。」

オペラをお好きな方たちにはあまりにも有名なアリアですね。
ルチアがどうしてミミ?? と思った方もいらっしゃるのではありませんか?

ミミとは「mignonne(ミニヨンヌ)」の省略形です。
あら、「君よ知るや南の国」かのゲーテのミニヨンと同じですね。
「おちびちゃん」とか、「可愛い子ちゃん」というようなニュアンスの呼び名で、日本なら「ポチ」とか「チビ」って、子犬につけたりしますよね。そんな感じでしょうか。小柄で可愛い女の子のイメージですね。

ムゼッタもどうやら本名ではなさそうですよ。
フランス語ではミュゼット「musette」となります。
ミュゼットって、フランスの民族楽器でバグパイプみたいなものがあります。つまりバグパイプ娘さん。
私が昔聞いた時は、ピーピー煩い娘だから、という、2幕のシーンを基準に名付けられたって言われたのですけれど
もうひとつ、その楽器のための音楽やダンスも意味するそうです。主に三拍子で、牧歌的な、ちょっぴり田舎っくさいワルツ、といったところのようです。
ムゼッタって、やっぱりワルツなんですね。

女性陣は皆さん本名ではなく、通り名だった訳です。 ここにもちょっと秘密がありますけれど、それはまた別の時に。

ところで、名前といえば、ボエームの主役達、つまりボヘミアン生活をする若者達—ロドルフォ、ショナール、マルチェッロ、コッリーネ… こちらもちょっと面白い組み合わせです。ロドルフォとマルチェッロは、すぐにわかりますね。
フランス語ではルドルフとマルセル。あきらかにファーストネームです。「ルドルフ」はええ、もちろんサンタクロースのトナカイ…じゃなくて 高地ドイツ語の名前「勇猛な狼」を意味する英雄や皇帝の名前です。マルセルはもちろん「軍神マルス」が語源といわれています。 ふたりともすごい名前ですね。

ところで、残りのふたり、コッリーネとショナール。こちらは、ファーストネームではありません。姓の方です。まあ、日本でも友達同士でファーストネームで呼ばれる人と苗字で呼ばれる人がいますよね。 その感じでしょうけれど、
ちょっとファーストネーム、知りたくありませんか?

まず、コッリーネ(コルリーネとコッリーネのちょうど中間の発音です。コ「ッ」っていってる間にちいさく「ル』と言います。難しいですね。)名前はリブレットにありました。
リブレットは、スタンフォード大学のライブラリーで見つかります。

その第二幕の最初に
「グスターヴォ・コッリーネ、偉大な哲学者……」 とあります。
なんと!こちらもまるで王族のような名前ですね。
つづいて「画伯マルチェッロ、大詩人ロドルフォ、大音楽家ショナール…… 彼らは互いにそう呼んでいた–」とちょっとシニカルな書き方をしています。

そうでした。もうひとり、名字の人が居ました。
そう、ショナールです。彼もファーストネーム、ありますよ。
コッリーネのグスターヴォもけっこうびっくりなんですが、ショナールが、なななんと、

アレクサンドル・ショナール……

イタリア語だと、アレッサンドロですね。意味はギリシャ語の「男達を庇護する者」戦士の守護者ヘラの称号でもあったようです。実際に、モデルはミュルジェの友人、アレクサンドル・シャンヌだそうでいい加減につけた名前ではないんですが、アレクサンダー大王の名前を頂いています。

4人とも素晴らしく立派な名前を持っていたのですね。

若者たちは、すべからく勝利者の名前を持ち、娘たちがふたりとも通り名を使っている。これがボエームのひとつの秘密になっています。

【がっつり読み込むととても面白い】

【Vol.2】 カフェ・モミュスに行こう!

舞台になった、カフェ・モミュスなんですが、実はThomas Boysという画家がスケッチを残しています。
ケンブリッジ・オペラ・ハンドブックの表紙にスケッチの一部が使われているので、記憶にある方もいらっしゃるかもしれないですね。
画像検索でしっかり見つかりました。
壁にちゃんと「カフェ・モミュス」とあります。ビリヤードっていう文字もみえます。

こちらの絵は複製画を14.9ユーロから(税込み)で購入できるようです。よろしければおひとつ……

う~ん。 実在したのですねえ……だけど、なんだかちょっとイメージは違う雰囲気はします。
場所はどこでしょう。水彩画の方の説明には、Rue des Prêtes, Paris とあります。多分、これは住所でしょう。

地図を広げて調べると、その通りの名そのものは既に見つからず、3 Rue des Prêtes Saint-Severinと言うところにサンセヴラン教会があります。カルチェラタンの近く、サンジェルマン通りのすぐ北、イル・ド・フランスといわれる地域です。

ちょっと微妙だなあ…… と思いつつ、ト書きを読んで行くと、色々と通りの名前が出てきますね。

市民達が「Via Mazzarinoに行こう!さあ、Cafe Momusへ行こう!」と言います。(ヴォーカルスコア98ページ)
パリの場合、Rue Mazarine(マザリーヌ通り)でしょうか。
地図を広げてみると、ああ、ありました!マザリーヌ通りにムゼッタが立つ(116ページト書き)と、ドフィーヌ通り(106ページ)との交差点を挟んだその向うの旧コメディ通りにパルピニョールが去ってゆきます(110ページ)。
そのちょうど5つの通りがちょっと変則的に交差する角には まさにこんな感じ!というカフェが両側にあります。
Le Buci とLe Conti…… あ、ちょっと惜しい!モミュスじゃないっ!!(笑;;;;

それでもその辺りはまさに カフェ・モミュスのイメージにぴったりですね。
実は、別のルートから、モミュスのあった場所が判りました
17 Rue des Prêtres-Saint-Germain-l’Auxerrois だそうです。

関係者の家やモミュスの場所を入れたGoogleMapを作って、公開しておきましたので、興味のある方はどうぞ。まあ、リアルに場所がわかったからってどうってことはないですが(笑;;;
だけど、これで見ると、モミュスって、ポン・ヌフを超えて、対岸にあるんですね。

ところで、オペラの中に登場するカフェ・モミュスのモデルには、もう一つ、プッチーニが当時滞在していたトリノのテアトロ・レージョ近くにある カフェ・ビチェリン(Al Bicerin)がそうじゃないかという説もあります。
創業が1763年とのこと、少なくとも初演を前に準備が忙しかったプッチーニが通っていた事は想像に難くないでしょう。

–イタリア人ですもの、3歩歩いたらバール寄りますからね。(^m^)–

ひょっとして、音楽のイメージの中に このカフェが反映されているかもしれないですね。

ところで、ここでクイズをひとつ。

実在の4人の若者達(当時「四銃士」と呼ばれていたそうですよ)をモデルにした、ロドルフォたち4人。カフェ・モミュスへは、このクリスマスの晩に「A:実は初めて行った」いえいえ、「B:何度も行った事がある」

さてどっちでしょう。

応えは「B:何度も行った事がある」です。

え? だってボーイが持ってきた会計書見て「高っ!!!」って叫んでいましたよね。自分たちの懐具合も値段もわからないでモミュスに繰り出していったって??

そうなんです。そこんところについてもリブレットにはちゃんと書いてあるんです。
「彼らは、何度もモミュスに出かけ、請求書を受けても払う事もなく出てくるところも一緒で……」
のどかな時代なんでしょうか。

確かに、今回もそれなりのお金をしっかり手に入れてモミュスに行った筈なのに、コート買ったり、ボンネット買ったり、そもそも先に全部使っちゃっていましたよね。

ちなみにビチェリンとは ホットチョコレートにコーヒーとクリームを泡立てたものだそうです。せんだって、念願叶ってトリノへ行くことができましたが、悲しいことに、カフェ・ビチェリンは定休日でした。

【確認したくなったら…】

【Vol.1】はじまりは、4月8日

さて、ボエームの原作についてちょっとお話しておきましょう。

アンリ・ミュルジェール作、『ボヘミアン生活の情景(Scenes de la Vie de Boheme)』が原作です。戯曲としては1849年、小説としては1851年に出版されました。ちょうど王政が廃止され、第二帝政が始まるまでのはかない第二共和制の時代に出版された本です。

そして、1822年生まれのミュルジェールの自伝的青春小説で、登場人物もみな、実在のミュルジェールの友人たちがモデルになっているようです。(ええと… 簡単な引き算です。戯曲の出版時、27歳の若者だった、ということは押さえておきましょう)

ボヘミアンたちの物語はこうはじまります。

『ある朝、—それは4月の8日のことだった—』

オペラの1幕目と同様、ショナールの部屋(マルチェッロの部屋ではまだありません)へ大家が家賃を取りにくる日の朝のことでした。そして、あとから来たマルセル(マルチェロ)が『1840年の4月だ』と言われるシーンが続きます。

ということで、「1840年の4月8日」にショナールがマルチェロ、コッリーネ、ロドルフォと出会うのです。
そう、1840年が原作の舞台です。前回、オペラ「ラ・ボエーム」の舞台は1830年代初頭と書きましたよね。何故、10年も時間が戻っちゃったんでしょうか?
その事については、また別の時にでも。

ところでところで、ロドルフォの仲間は実はあとふたりほど居たようです。
詩人ロドルフ(アンリ・ミュルジェール本人)、音楽家ショナール、画家マルセル、哲学者コリーヌの他に、彫刻家ジャックとジャーナリストのカルロスという二人の仲間たち。

このうち、彫刻家ジャックは、オペラの「ロドルフォ」のもうひとりのモデルとなります。

まあ、一緒に屯していたのが、ロドルフ、ショナール、マルセル、コリーヌの4人なのですから(一緒に住んでいたのは、ショナールとマルセルです。ショナールが家賃を払えずに追い出されたあとに住んだのが、パトロンからお金をもらったマルセルなのです。)4人がどうしても中心になってしまいますよね。

6人もボヘミアンたちが居たら、きっと舞台の上はめちゃくちゃ狭かったでしょうし、合唱メンバーがモミュスに入ることができるスペースはもう残らなかったかもしれません。

ショナールにだって、フェミという名前の染色職人の恋人がいたんです。振られちゃったけれど。
ジャックにも、もうひとりのミミのモデルとなったフランシーヌという恋人が居ました。「恋人」についていえば、皆さんけっこう賑やかでしたよ。別れたの戻ったの、別の恋人ができたのと大騒ぎです。

コリーヌだけは、実は賢いのか恥ずかしがりなのか、こっそりと隠していて、みんなに紹介したり、一緒に連れてきたりはしなかったようです。 賢明ですね。

あとの3人はいずれも破局しまくって大騒ぎしまくっていましたから、さすが、哲学者、よくわかって………… いたんでしょうか??

【プロローグ】若者よ、恋なんかしてる場合じゃない!

ラ・ボエームの解説本を読むと、舞台はたいてい、1830年頃のパリ、時はクリスマス・イブと書いてあります。

まあ、せいぜいが1830年代中頃まで。 つまり1830年から1835年頃と見るのがよさそうです。
お話は文無しの若者たちと、貧しいけれど心根の優しい娘たちの一瞬のきらめくような愛と死を描いたとてもロマンチックなお話ですけれど、この当時のフランスって、実のところ、とんでもないことになっているんです。
ここんところは押さえておきましょうか。

1789年、フランス革命ですべてがガラガラポン!王政が廃止され共和制へ。高い理想を持って突っ走りすぎたせいで内部では自己崩壊してしまいます。

ところがあまりに過激な革命の進み方にびびった諸外国から、介入にあってしまいます。現在もどこかの国がなんかあると介入しますよね。さすがにこれには困った。
それを打ち破れるには強い軍人が必要だったのです。いいところに出てきたのがナポレオン。その帝政の時代を経て、やっぱり成り上がりは「ダメ」と王政復古がなされます(忙しいですね)。

ルイ16世の弟のルイ18世の時はまあなんとかいったんですが、その弟、シャルル10世のとった反動政策に叛旗を翻したのは力をつけてきたブルジョワジ(中産階級)たち。

7月革命で国王を追い出し、オルレアン家のルイ・フィリップによる新国王が誕生します。
おお、そういえば、ルイ・フィリップさんって、1幕でショナールが投げたコインに刻印された国王陛下でしたよね。

その結果、爵位が裕福な市民階級に買われて「成り上がり貴族」が誕生する一方で一般大衆の多くは職を失い、町は失業者で溢れていました。

一方、レ・ミゼラブルのクライマックスの学生たちの蜂起のシーンは1832年6月のパリ蜂起(暴動)が舞台です。
それは経済国王といわれたルイ・フィリップの下、広がる貧富の格差と不作、コレラによる街の荒廃が背景となり、やり場を失った若い理想主義者たちの暴発でした。気の毒に……
そしてその失敗により、民衆の不満は1848年の2月革命によって国王が追い出されるまでどんどん肥大し悪化していったのです。
ということで、まあ、ロマンチックどころでないのがこの時代です。

ロドルフォもミミを口説いている暇なんかない状態のはずですが、良くしたものでこういう時代ならではの物語が産まれたのですね。
あとから重要になってきますからしっかり押さえておきたいポイントです。私だったらきっと試験に出しますよ。

珍しい版を見つけました