ボエームといえば、若者の群像劇です。なので、基本、登場人物は皆若者です。もちろん、農家のおかみさんや物売り、モミュスのお客には年をとった人も出てきますが、名前のある人は若者が基本。その中で、名前はあるけれど若くない人間がふたりいます。ともに、若者から見たら最も忌むべき人間です。つまり、年を取り、小金を持ち、愛ではなく女を連れ歩くことを喜ぶ、彼らとは真逆の人たちです。1幕の大家さん、ベノア、2幕のムゼッタの愛人アルチンドロです。それだけで若者たちのあざ笑いの種になっています。 4幕にはムゼッタやミミの愛人らしき人はいたはずですが、彼らをあざ笑ったりする心のゆとりがもうなくなっていたのでしょう、名前も影も見えてきません。
§ベノア
1幕で3ヶ月分の家賃を請求にきたのに、安いワインで酔わされ、ついつい若いグリセットとデートしていることを白状させられた結果、家賃踏み倒されてしまう気の毒な老人です。
そもそもは、フランス起源の名前です。原作でも、ブノワとしてそのまま出てきます。イタリア語では「Benedetta: 祝福された」という意味があります。
クリスマスの晩に、3ヶ月分の家賃を取り損ねるのだから、ボエームに於いては、当然、アイロニーに満ちた名前ですね。
§アルチンドーロ
2幕でムゼッタにルル!と子犬のように呼びつけられている、お金持ちで、身分もありそうな紳士です。二人だけの時には、きっとルル!と呼ばれると ワン♥とでも答えていたのでしょう。
アルチンドーロとは、Alcindo と Oro とに分けられると思われます。Alcindo は「強い性格」と言う意。Oro は「黄金」と言う意味です。いかにもプライドが高くて小娘(ムゼッタ)に引きずり回されること自体、憤懣やるかたないというのがよくわかります。 ということで、ムゼッタを含む若者たちにとって、体良く追い払った挙句、モミュスの払いくらいさせても良心の欠片も痛まないところなのです。
若々しいメンバーと新演出の逸品
【新しいということはこういうこと】
ロイヤルオペラ版「ラ・ボエーム」のブルーレイ/DVDです。ゼッフィレッリやコープリーといった演出家によってこれ以外ないというくらいまで磨き上げられたボエーム。コープリー版を現代に合わせたよりシンプルなセットとモミュスの華やかさとの濃淡が見事に。そして若々しく瑞々しいキャストたちのこれぞボエームとも言える世界観です。