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楽譜やスコアにこーんなこと書いてあるんですよ。

Liù

【Turandot:Vol3.】リュー、強い子泣かない子。

Liù
Photo by Some Tale : unsplash

トゥーランドットで、主役のトゥーランドット姫よりも人気のあるリュー。

王子がかつて一度だけ微笑んでくれたからと言うだけで(一目惚れしたってことなんだとは思いますが)、目が見えなくなったティムールを支えて、遠くアストラハンから北京まで(どうして北京なんだかわからないけれど)逃避行を続け、王子の幸せのために老人のティムールをかばって拷問を受け、挙句に自殺して果てる。ああなんてかわいそうな、そして健気なリュー…
あ、でもちょっと待ってください。リューは、前回もお話ししましたが、あんな遠くから、目も見えない、また、お尋ねもの(負けた国の王なんで)の老人を連れてですよ、若い娘が護衛も連れず長い長い旅をしているのです。そんな。今と違って街や邑を離れた街道は追い剥ぎやら山賊の宝庫ですって。
戦って倒した相手も 一人や二人ではなかったでしょう。いや、そのくらいの気概がなきゃ、まず速攻に捕まって売り飛ばされていますって。

一方、どのオペラの解説を読んでも、プッチーニが特別にリューに対して思い入れを入れた結果、彼女があまりにも巨大になってしまった、ということは話されています。その結果、リューの性格がひっくり返ってしまったこともあるようです。

リューの有名なアリア、「お聞きください王子さま」
切々と美しいピアニッシモで歌われる名曲ですよね。リューの切なさ、愛らしさ、健気さを象徴するようにも思いますが、オリジナルのリブレットでは、ちょっとばっかり違います。

現在のリューのアリアにあるト書きはこうなっております。
  avvicinandosi al Principe, supplichevole, piangente
  王子に近づきつつ、哀願する様に、泣いて

その後有名な「 Signore ascolta! (王子さま!お聞きください)」と始まります。ところがリブレットでは違います。
あ、リブレットですよ。原作ではありません。原作にリューは登場しませんから。(リューの代わりに数名の女官は出てきます)

 reprimendo le lagrime, con ferma promessa
涙を抑えつつ、決然たる誓いをもって

Per quel sorriso,
si’ … per quel sorriso Liu’ non piange piu’ !…
Riprenderem lo squallido cammino domani all’alba
quando il tuo destino, Calaf, sara’ deciso.
Porterem per le strade dell’esilio,
ei l’ombra di suo figlio io l’ombra d’un sorriso.
あの微笑みの為に、
えぇ…、あの微笑みの為に、リューはもう泣きません!
明日の夜明け、カラフ、あなたの運命が決まる時に、
私達は、物悲しい(悲惨な)歩みを再び始めましょう。
亡命の道に、彼(ティムール)は息子の(悲しい)影を、私は微笑みの影を担って(背負って)。

えーと。この歌詞を読むと、どう読んでもカラフ(名前呼んじゃってるし)が勝とうと負けようと、どっちにせよ自分にとって残酷な結果は見ることになる前に、『あなたのあの微笑みを胸に、私たちはまた旅立ちましょう』と言っています。あ、そうなんだ。止めないんだ。。。。。

そして、そのままだったらリューのアリアのあとにある「泣くなリュー」という身勝手極まりないカラフのひとくさりなんですが、実際は、このアリアの前に出てきます。つまり、この歌は「もう泣くな」とカラフに言われたので、そのアンサーソングとしての立ち位置だったようです。「泣くな」「わかった。もう泣かない」もう泣かないリューとなっていたはずなんです。まあ、ここで、リューちゃんがティムールの手をひいてスタスタと去って行ってしまったら、その後のカラフの「泣くなリュー」から始まる合唱まで巻き込んでの感動的な一大コンチェルタートにはならなかったでしょう。

ちなみに、音楽そのものは同じです。ただ、半音上になっていたそうです。最後の音がHとなります。現在の[Ah pieta’!]の終わりのB音は、もう一箇所の[sorriso]と対になっています。
本来の音だったら、あんなにたくさんのフラット記号がなく、音取りに苦労しなくてよかったのにね…

そしてこのリブレットを「絶対に嫌!!」と言って変更させたのが、そう、プッチーニなんですよね。

プッチーニはトゥーランドットだけではなく、ボエームに対しても、トスカについても多大なリブレットへの介入をしたことでも知られています。トゥーランドットは、「つばめ」でもタッグを組んだジュゼッペ・アダーミとジョルダーノの『マダム・サン=ジェーヌ』を書いたレナート・シモーニが担当しています。イッリカやジャコーザほどの大物ではないので、遠慮なく介入しております。そのため、リューはカラフの決心を聞いて受け入れ、「それでは私、これからティムール連れて旅に出ます」の代わりに「お聴きください。王子さま。私はもう耐えられません。」と縋り付かせます。 ま、いいんですけれどね、そのおかげで素晴らしい音楽ができたのですから。

ちなみに、彼女は楽譜の上では LIUと記載されています。これって日本人にはとってもめんどくさくて嫌な話ですし、人によって リューだったり、リゥだったりしているなあ〜と個人的には気になってたまらなかったのです。こちらは簡単。プッチーニが回答を手紙に書いています。

「リューは2音節にはしない。1音でリューと発音」だそうです。
Turandotの解説書

【英語ですがよろしければ】

Puccini’s Turandot (Princeton Studies in Opera)
William Ashbrook (著), Harold Powers (寄稿)
二人の音楽家による プッチーニ作曲トゥーランドットについての解説書です。この文のネタを頂戴しております。ありがとうございます。

【Boheme:Vol.2】カフェ・モミュスに行こう!

Cafe de Paris
Photo by Daria Shevtsova

舞台になった、カフェ・モミュスなんですが、実はThomas Boysという画家がスケッチを残しています。
ケンブリッジ・オペラ・ハンドブックの表紙にスケッチの一部が使われているので、記憶にある方もいらっしゃるかもしれないですね。
画像検索でしっかり見つかりました。

壁にちゃんと「カフェ・モミュス」とあります。ビリヤードっていう文字もみえます。

こちらの絵は複製画を14.9ユーロから(税込み)で購入できるようです。よろしければおひとつ……

う~ん。 実在したのですねえ……だけど、なんだかちょっとイメージは違う雰囲気はします。
場所はどこでしょう。水彩画の方の説明には、Rue des Prêtes, Paris とあります。多分、これは住所でしょう。

地図を広げて調べると、その通りの名そのものは既に見つからず、3 Rue des Prêtes Saint-Severinと言うところにサンセヴラン教会があります。カルチェラタンの近く、サンジェルマン通りのすぐ北、イル・ド・フランスといわれる地域です。

ちょっと微妙だなあ…… と思いつつ、ト書きを読んで行くと、色々と通りの名前が出てきますね。

市民達が「Via Mazzarinoに行こう!さあ、Cafe Momusへ行こう!」と言います。(ヴォーカルスコア98ページ)
パリの場合、Rue Mazarine(マザリーヌ通り)でしょうか。
地図を広げてみると、ああ、ありました!マザリーヌ通りにムゼッタが立つ(116ページト書き)と、ドフィーヌ通り(106ページ)との交差点を挟んだその向うの旧コメディ通りにパルピニョールが去ってゆきます(110ページ)。
そのちょうど5つの通りがちょっと変則的に交差する角には まさにこんな感じ!というカフェが両側にあります。
Le Buci とLe Conti…… あ、ちょっと惜しい!モミュスじゃないっ!!(笑;;;;

それでもその辺りはまさに カフェ・モミュスのイメージにぴったりですね。
実は、別のルートから、モミュスのあった場所が判りました


17 Rue des Prêtres-Saint-Germain-l’Auxerrois だそうです。

関係者の家やモミュスの場所を入れたGoogleMapを作って、公開しておきましたので、興味のある方はどうぞ。まあ、リアルに場所がわかったからってどうってことはないですが(笑;;;
だけど、これで見ると、モミュスって、ポン・ヌフを超えて、対岸にあるんですね。

ところで、オペラの中に登場するカフェ・モミュスのモデルには、もう一つ、プッチーニが当時滞在していたトリノのテアトロ・レージョ近くにある カフェ・ビチェリン(Al Bicerin)がそうじゃないかという説もあります。
創業が1763年とのこと、少なくとも初演を前に準備が忙しかったプッチーニが通っていた事は想像に難くないでしょう。

–イタリア人ですもの、3歩歩いたらバール寄りますからね。(^m^)–

ひょっとして、音楽のイメージの中に このカフェが反映されているかもしれないですね。

ところで、ここでクイズをひとつ。

実在の4人の若者達(当時「四銃士」と呼ばれていたそうですよ)をモデルにした、ロドルフォたち4人。カフェ・モミュスへは、このクリスマスの晩に「A:実は初めて行った」いえいえ、「B:何度も行った事がある」

さてどっちでしょう。

応えは「B:何度も行った事がある」です。

え? だってボーイが持ってきた会計書見て「高っ!!!」って叫んでいましたよね。自分たちの懐具合も値段もわからないでモミュスに繰り出していったって??

そうなんです。そこんところについてもリブレットにはちゃんと書いてあるんです。
「彼らは、何度もモミュスに出かけ、請求書を受けても払う事もなく出てくるところも一緒で……」
のどかな時代なんでしょうか。

確かに、今回もそれなりのお金をしっかり手に入れてモミュスに行った筈なのに、コート買ったり、ボンネット買ったり、そもそも先に全部使っちゃっていましたよね。

ちなみにビチェリンとは ホットチョコレートにコーヒーとクリームを泡立てたものだそうです。せんだって、念願叶ってトリノへ行くことができましたが、悲しいことに、カフェ・ビチェリンは定休日でした。

【確認したくなったら…】

【まずはヴォーカルスコアから】

プッチーニ: オペラ「ボエーム」/リコルディ社/ピアノ・ヴォーカル・スコア

【対訳はご入用ですか?】

言葉を話せてもけっこうめんどいのがオペラの歌詞。韻文の美しさをどのように訳されているのかを楽しむこともできます。

【Turandot:Vol.1】君の名は

Chinese Dragon
Photo by Kulik Stepan

トゥーランドットのヒーロー、テノール役には「カラフ」とキャスト表には書いてあります。 そう、観客もたいてい王子様役のこと、カラフと呼んでいますよね。
ところが! スコアにはずーーーっと「カラフ」とは書かれていません。おお??

楽譜を見ると、なんと、「王子(principe)」または「名を秘めた王子(principe ignoto)」とだけ書かれています。
そして、3幕で姫に自分から「私はカラフ、ティムールの息子」と名乗ります。その時にはじめて、楽譜上でも「カラフ(Caraf)」と書かれるようになります。
ボーカルスコアでは、298ページの2行目と3行目をご覧ください。(版によっては多少のズレがありますのはご容赦くださいまし。)

確かに1幕ではリューも、ティムールも、「ご主人様!」や「息子よ!」としか呼びかけていませんよね。
リューが「私だけが名前を知っています!」と叫んだとき、「奴隷が知る筈がない!!」と(とんでもない奴ですが……)カラフは叫びます。なるほど、当然ですね。だって、ほんっとにそれまではだ~~~~~れも、オーケストラも、指揮者も、名前を知らないんですから。

[ご参考までに]プッチーニ: オペラ 「トゥーランドット」全曲版スコア リコルディ社
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天子、姫君と大臣たち

【Turandot:プロローグ】もじもじする大臣たち

数年前、とあるところの連絡用のメールに軽い気持ちでちょっと前に教わったばかりのTURANDOTについての小ネタを書いたのだけれど、思いのほかにこれがウケたので同じようなネタを集めて書く様になりました。

また、一部の方たちにはかなり面白いと言っていただくことがありますので、こちらに整理して残しておこうと思います。

「さて、ピンポンパンの3人の大臣は、2幕の1場の最後、いよいよ宮廷に向かうとき、どんな風に退場するのでしょうか?」
答えは「もじもじ」 (^-^;;;;   ボーカルスコア160ページ、いちばん最後の小説のト書きをご覧ください。

– Se ne vanno mogi mogi. –

彼らはもじもじしながらと立ち去った。(嘘です。悄然として立ち去ったです)

ちなみに、これは複数だからmogi mogi ですが、一人だったとしたら「もじょもじょ」ってなります。
これも棄てがたく、なんか可愛いですよね。

[ご参考までに]プッチーニ: オペラ 「トゥーランドット」全曲版スコア リコルディ社
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[映像見るなら]なんといっても名盤はこちら。エヴァ・マルトンの強靭な声の姫君と、若々しいドミンゴの賢そうな王子。
そして ゼッフィレッリらしい絢爛豪華なセットと奇を衒わないけれどもきらめく演出はメットならではのもの。